3.満月は知っている



「仕事だ」
そう言われて、ボスに箱を三つ押し付けられた。大きい箱、中くらいの箱、小さい箱がそれぞれ一つ。仕事だって言うからその道具なんだろうけど、一体なんだろう。
「これは?」
「くれてやる。さっさとそれに着替えろ、すぐ出る」
よく分からなかったけれど、とりあえず言われたとおり着替えるために一度部屋へ戻った。
一番大きな箱を開けると、中から出てきたのは薄手の黒いワンピースだった。明らかにパーティードレス。もしかして、と思って残りの二つの箱を開けると、靴とネックレスだった。ドレスも靴もネックレスも、私には不釣合いな程の物だ。こんなの着れないと思ったけれど、ぐずぐずしていたらボスは部屋のドアを蹴り破るだろう。観念して黒いドレスに着替え、穿きなれないヒールを履き、ネックレスをつけた。ハイウェストのドレスは胸の下に細いリボンがあしらわれていて可愛らしいし、靴もネックレスも華奢な感じ。こんな格好をしているのに髪をいつも通りにしておくのもどうかと思って、コサージュを飾ってみる。……こんな感じで大丈夫、かな。
急いでロビーに行くとそこにはすでにボスが待っていた。私に一瞥をくれるも、特にコメントはない。
「あの、ボス。仕事って……」
「俺とパーティーに出席しろ。短刀は置いてけ」
「……はい」
思っていた通り、やっぱりパーティーの同伴だった。華やかな場所は得意ではないし、仮とは言えボスのパートナー役なんて私に務まるとは思えない。ボスが私に好意を持ってくれているのは分かってはいるし、私もボスのことは好きだけれど、恥ずかしくてどうしたらいいのかまだ分からないし上手く応えられない。それなのに、堂々としてなきゃいけないパートナー役なんて、できる気がしない。
でも、拒否権なんてないのだ。
大人しく短刀は置いていく。私のメインウェポンだけど、ボスが置いていけというなら危険は少ないのだろう。念のためドレスの下にナイフを仕込んでいるし、たぶん大丈夫だ。


パーティー会場に移動するために黒塗りの車に乗っている間も、緊張と不安で上手く喋れなかった。
ボスからはただ九代目主催のパーティーだと教えられた。仕方ないから顔を出すがすぐ帰るということだったから、それで少しだけほっとした。
会場まではあっと言う間だった。車から降りて早足で進んでいくボスの後ろを追う。ホールの中に入ると既にパーティーは始まっていて、華やかな装いの人たちが談笑しあっていた。この人達だってみんなマフィア関係者だと分かっているけれど、やっぱり私なんか場違いな気がする。
気後れしてしまうけれど、しっかりしないとそれはボスに恥をかかせてしまうことになる。そうならないように、私は背筋を伸ばしてボスの少し後ろを付いて歩いた。と言ってもボスが自分から挨拶して回ることはないし、ヴァリアーの名は伊達ではないから声を掛けられることもなかった。ただ来たことに意味がある、という感じ。
「ザンザス、ちゃん」
「九代目!お久しぶりです」
声を掛けられて振り向くと、九代目が優しい顔をしながらこっちに来てくれた。本当ならボスの方から挨拶に行くべきだったのに、九代目の方が来てくれるなんて。
「ザンザス、今日は来てくれて良かった。ちゃんも、わざわざすまないね」
「いえ、とんでもありません」
私はぺこりと頭を下げた。ボスは九代目と言葉を交わそうとはしない。そんなボスに九代目は怒ることもなく、目を細めて微笑んでいた。
「そのドレスはザンザスからかね?よく似合っているよ」
「はい…ありがとうございます」
褒めてもらえて嬉しくて、思わず顔が綻んだ。ボスは何も言ってくれないからちょっと心配だったのだ。九代目は満足そうな表情をすると、パーティーを楽しんで行くように言って去ってしまった。
「お話しなくていいんですか?」
「うるせぇ」
一言くらい何か話せばいいのにと思って言ったのだけれど、ボスの機嫌を損ねてしまったらしい。ボスは黙ってアルコールの置いてあるテーブルへ行ってしまった。余計なことを言ってしまった後だし、すぐそこのテーブルだから私はその場に残った。テーブルにおいてあったワイングラスを煽るボスを見ていたら、横から男性に声を掛けられた。たしか、前に九代目のお屋敷に行ったときに見た顔……のような気がするけれど、名前も知らない人だ。一瞬目が合うと目の前の男性はまくし立てるように話し出した。
「きみ、さんでしょう?ヴァリアーの。さん可愛いのに強いって評判だから、一度ちゃんと話してみたかったんだよね。そのドレス、似合ってるね」
私に喋る隙を与えずに一人話し続けながら、肩に触れてこようとする手を避けた。知らない人に触られるなんて、嫌だ。
「はは、逃げなくたって大丈夫だよ。同じボンゴレの仲間じゃないか」
「失礼します」
こういう人の相手をするのは苦手だから、早く切り上げてしまいたかった。とにかく離れてしまおうと思って踵を返したら、すぐそこにボスが立っていた――明らかに怒った顔で。一瞬私までビクっとしてしまったけれど、ボスの視線の先にいるのはさっきの男の人だった。
「こいつに触るんじゃねぇ。さっさと失せろ」
「ひっ」
蛇に睨まれた蛙のようになりながらも、名前も知らない男性は足をもたつかせながら後ずさって行った。ボスはふん、と鼻で一蹴すると、私の方へと距離を詰めてきた。
「絡まれてるんじゃねぇ」
ぐっと腕を掴まれて、そのまま会場の外へ引き摺られるように連れ出された。ホールから出てしまうと、今度は腰を掴まれて抱え上げられてしまった。まるで物を持ち運ぶときのような格好で、ボスは車へ向かっている。周りには誰もいないけれど、この体勢が恥ずかしくて私は思わず声を上げた。
「降ろしてください!恥ずかしい、」
「あんなのにちょっかい出されてるてめぇが悪い」
「……すみません」
これって私が悪いのかな。一応、相手はしなかったんだけど。謝ってもボスは私を離してはくれず、黙って車へ歩いていく。

ふとボスは足を止めた。抱えられているせいで、耳元にボスの声がするのがくすぐったい。
「……悪くねぇ」
「何がですか?」
「服だ」
「あ、ありがとうございます……」
それきりボスは黙ってしまって、私も降ろしてと言えなくなってしまった。
頭上には満月が光っている。

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