2.巡る温もり



キィンと、剣のぶつかり合う音が響く。
スクアーロの剣を短刀で受けたその次は、私が攻める番だ。練習試合とはいえ、私もスクアーロも手を抜いたりはしない。
スクアーロとは定期的に練習試合をしている。身近の剣士でほぼ互角にやりあえるのはスクアーロだけで、いつからか習慣になっていた。
「いい加減負けを認めたらどうだぁ?」
「まだ負けじゃない」
今日は絶対に勝ちたい。この前の時は私の負けだったし、何より今日はボスが見ている。ボスが私たちの訓練に顔を出すなんて滅多にあることじゃないから、できれば負けるところよりも勝つところを見せたい。一言くらい褒めてくれるかな、なんて少しだけ期待して。
今のところ、勝負はスクアーロの方に分がある感じがする。防戦一方になっているけれど、なんとか隙を作れればまだ勝負は分からない。スクアーロは私よりもリーチが長いし、力もある。隙を奪うにはリーチを逆手にとるのが一番だから、タイミングを待つしかない。
「受けてるだけじゃ勝てねぇぞぉ」
分かっている。スクアーロが余裕の笑みを浮かべたその時、私は受けた剣を払うとすかさず踏み込んだ。剣をスクアーロの手から落とせればそれまでだ。スクアーロの剣に短刀を交え、一瞬の隙を突いて剣を撃ち落とす。
「――私の勝ち」
スクアーロの手から剣が離れ、それはくるりと一回弧を描くようにして地面に突き刺さった。落ちる途中、一瞬私の腕を掠めて。皮膚の上に冷たい切っ先がほんの少し走り、一秒後には切れた線にそって赤く血が浮き上がってきた。大丈夫、大したことはない、よくある怪我だ。
「ったく、勝ったくせに余計な傷つくんなよなぁ」
痛くて腕が動かせないとか、出血が酷いわけではないけれど、あまりに初歩的なミスで何も言い返せない。剣を払うのに気を取られすぎたのか、ほんの一瞬反応が遅れてしまった為のミスだった。
「確かにつまんないミスだけど。勝ちは勝ちだからね」
「譲ってやったんだよぉ」
「嘘つき」
そんな言い合いをしながらボスの様子を伺うと、試合前にレヴィに運ばせた椅子に不機嫌そうにもたれていた。部下の練習試合なんてそんなに面白いものじゃないと思うけど、ボスは今の試合、どう思ったんだろう。気になってついじっとボスを見ていたら、赤い瞳と目が合った。眉間にはしわが刻まれている。
「おい
「な、なんですか…?」
どすの効いた低い声は不機嫌というよりも、怒っているときのものだ。椅子から立ち上がったボスは一直線に私の方へ向かってきて、ただならぬ気迫に怖気づいた私は思わず後退ってしまった。
「腕だ」
「え、」
「見せろ」
私の左腕を掴んで、ボスは私を引き寄せた。ぐっと入れられた力によろけそうになるのをなんとか堪える。
「無駄な怪我作ってんじゃねぇ」
「すみません……」
試合に勝っても、こんなことではやっぱりまだまだだと思う。呆れさせてしまった自分がふがいなくて、少し落ち込んでしまいそうになる。
「消毒しとけ」
怒られるかと思っていたけれど意外に優しい言葉を掛けてもらえて顔を上げると、腕の傷口にボスの唇が寄せられた。突然のことに身体が硬くなった。生温かい感触が腕に走る。ぺろりと血を舐めとると、ボスは腕を離して私を解放した。
「何、を……ボス!」
私の抗議なんてまるで聞こうともせず、ボスはすたすた屋内へ歩いていってしまった。傷口を舐めるなんて、そんな。
スクアーロが少し離れた場所から「顔赤いぞ、大丈夫かぁ?」と聞いてきた。
――大丈夫なんかじゃ、ない。

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