9.金色の絵本 が学校を休んだ。 担任の話によれば風邪らしい。インフルエンザではなくただの風邪だということだからそんなに重病ではないのだろうが、綱吉はのことが気に掛かっていた。彼女は一人暮らしだ。体調の悪いときに家に一人でいることを想像すると少し心配になってくる。 学校からの帰り、家の前で獄寺と別れ玄関に鞄を置くと、綱吉は靴を脱がずすぐにまた外へ出た。 「オレ、んち行って来る」 「どうしたんだ?」 「風邪なんだって。お見舞いに行こうと思ってさ」 行って来ますと言って家を出て、綱吉はの家を目指す。風邪のときはスポーツドリンクが吸収しやすくていいと母親に言われたことがあるのを思い出して、途中コンビニに寄ってスポーツドリンクとゼリーを買った。 の家はコンビニのある通りをまっすぐ行き、たしか一つ先の交差点を右に曲がった辺りだった気がする。綱吉は曖昧な記憶を頼りに歩き見覚えのある通りに入るとの家を探した。 「えっと、たしかこの辺り……あった!」 ""の表札が出ている家は、この辺りの家としては大きかった。しんと静まり返り人の気配がしない家のインターホンを思い切って押すと、しばらくして『はい』と返事があった。 「あ、あのオレ、沢田です。えっと…だよね?」 「うん。どうしたの、急に」 インターホンごしのの声は少し擦れているし、いつもよりも元気がないような気がする。 「お見舞いに来たんだ。一人じゃ大変なんじゃないかと思ってさ」 「今開けるから、ちょっと待ってて」 ガチャリとドアが開き中から顔を出したは笑顔を見せたものの、力ない感じだった。部屋着にカーディガンを羽織った格好を見ると、どうやら寝ていたらしい。 「ごめん、起こしちゃったみたいで」 「ううん、来てくれて嬉しい。私こそ、こんな格好でごめんね」 どうぞ、と通された玄関は広い。家の中はシンプルな内装で、靴箱の上に置いてあるのも時計だけだった。 「私の部屋、二階の一番奥の部屋だから先に行ってて」 「え、う、うん…あ、そうだ。コレ、スポーツドリンクとゼリー」 「わざわざありがとう。コップとスプーン取ってくるね」 はリビングの方へ向かい、綱吉は言われたとおりの部屋に進んだ。入っていいと言われたものの女の子の部屋に一人で入るのは少し気が引けた。かと言ってこのまま廊下に突っ立っているわけにもいかないから、失礼しますと小声で呟きながら綱吉はドアを開けた。一階や廊下とは違い、机、本棚、ローテーブル、姿見、ベッドと置かれている家具はシンプルでありながら女の子らしい部屋だ。綱吉は遠慮がちに部屋へ進み入り、ローテーブルにコンビニの袋を置いた。女の子の部屋をきょろきょろ見るものではないと思いながらも、つい色んな方向に目が行ってしまう。 「あ、」 ベッドのサイドテーブルに置かれている本に、ふと目が留まった。丁寧な装丁が美しく目を引く本だ。表紙に描かれているのは茨に囲まれて眠るドレス姿の女性で、眠り姫の本なのだと気づいた。日本の子供向け絵本とは違い、大人向けの雰囲気で描かれているその本を手にとって中をめくると、知らない言葉――イタリア語――で書かれた文章と、やはり美しい挿絵があった。 綱吉が本に見入っているところに、コップとスプーンをトレイに乗せたがお待たせ、と言いながら入ってきた。 「あ、ご、ごめん!表紙がきれいで、気になって、つい!」 「え?あ、その本…ううん、いいよ、大丈夫……」 は少し伏せ目がちになりながら答えて、ローテーブルにトレイを下ろした。綱吉が持ってきたスポーツドリンクの蓋を回しコップに注ぎ、一つを綱吉の方へ置いた。ゼリーも同じように一つを自分、もう一つを綱吉に渡す。 「……この歳でまだそんな本が好きだなんて、おかしいかな?」 ぽつ、と訊ねられたことの意味を瞬時に理解できず、綱吉は一瞬きょとんとしてしまった。すぐにが指すものがさっき自分が見ていた眠り姫の絵本だということに思い当たると、綱吉はぶるぶると頭を横に振る。 「そんなことないよ!綺麗な本だし、いい話だと思うし。全然、おかしいなんてことないよ!」 それを聞いてはほっとして微笑んだ。 「ちょっと子どもっぽいかなって思ってたんだけど、よかった。その本、気に入ってるから」 それは美しい挿絵はもちろん、ロマンチックな内容も含めてのことだった。眠り姫が好きだなんて言ったら、王子様に憧れる夢見がちなヤツだと思われるんじゃないかとは思っていた――実際、ほんの少しだけ憧れてる、というのは秘密だ。 「その本、イタリアのだよね?」 「うん。まだ小さいときだけど父様が誕生日にくれたの」 は持っていたスプーンを置くと本を手に取り、ぱらぱらと中を捲った。大切そうに本を見つめる瞳はイタリアの両親を思い出しているのだろうか。にとってその金色の絵本は憧れであり、思い出だ。 「ねぇ、学校のこと教えて。今日のこと」 「あぁ、うん――」 今日あった授業のことや、昼休みにみんなで話したことなどを、綱吉は話した。なんでもないいつも通りのことだが、は楽しそうに聞いた。話が終わる頃に調度コップの中身もゼリーもなくなり、そろそろ、と綱吉は帰りを切り出す。 「それじゃあ、そろそろ帰るよ。長居したら悪いし」 「あ、うん……風邪じゃなければ、ゆっくりしていってもらうのに」 綱吉は立ち上がると、に代わってトレイを持った。は遠慮していたが、キッチンまで運ぶとコップとスプーンを洗い、簡単に水を切り布巾で水分を取る。お見舞いに来たのに自分が持ってきたゼリーを一緒に食べて、片付けを彼女に任せて帰るなんてできるわけがなかった。 「ゼリーも飲み物も、片付けもありがとう。」 「ううん、どういたしまして。それじゃあ、また。早く良くなるといいね」 「うん。来てくれて、嬉しかった。また学校でね」 綱吉を玄関で見送り、部屋に戻るとはベッドに腰掛けた。普段、一人でこの家にいても何ていうことはないのに、風邪を引いて少し寝込んだだけで何故か寂しいと思った。そんなときに綱吉が来てくれて、少し話しただけで元気になれたような気がする。 は金色の絵本の表紙をそっと撫でた。 |
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