4.嵐は唐突に



「結構、普通なんだね……」
通された綱吉の部屋を見て、はぽつりと感想を漏らした。10代目だって言うから、家や家族ももしかしたら普通とは違って、凄いのかもしれない。そんな淡い想像をめぐらせていたは、家も母親の奈々も一般的な家庭と何も変わらない、普通の光景に少し意外性を感じていた。
「そりゃそうだよ、一般人なんだから」
お茶とお菓子を載せたお盆を置きながら綱吉はこたえた。
先ほど綱吉がマフィアのボスなんかにはならないからと言っていたのを思い出して、は黙った。本人の意思はともかく、綱吉は10代目になる。これはもう決定事項だ。戦うところを見たのはほんの数秒だったが、それだけでも綱吉が10代目になる未来がには感じ取れた。
「えっと、話の続きなんだけど…ホントにさんがオレのこ、婚約者になっちゃったの?」
「親同士の約束で、ね。それで10代目に会いに来たんだけど……あの、婚約なんてそんな急に決めるものじゃないから、その…しばらく保留ってことにしない?」
さっきまでは婚約破棄してもらうつもりだった。しかし今、はそれとは違うことを提案していた。会って1時間も経たないうちに綱吉のことを知りたいと思うようになった自分に、は自分でも驚いた。気が変わるかもしれないとバジルは言っていたけれど、本当にその通りだった。
「え?でも、オレ…!君だって、」
「ほら、私もせっかく日本に来たし、すぐ帰っちゃうのももったいないし、もし婚約破棄するにしても父様たちへの言い訳が必要だし!…ダメ、かな?」
綱吉の言葉をさえぎって一息で自分の主張を言い切ったかと思えば、はすぐに小さくなって不安そうな顔をした。ダメとは言いにくい。何て言おう。おろおろする綱吉に、横から容赦ない蹴りが飛んできた。
「ぐっ!!何すんだよリボーン!」
「お前こそ、女にそんな顔させてんじゃねーよ。いいじゃねーか、様子見くらい。お互いにとっても良いことだろ。ってことで、よろしくな」
「リボーン!」
「なんだ、今更ダメだなんて言わねーだろ?」
「そ、それは……」
綱吉は二人のやりとりをぽかんと見ていたに向き直って、仕切りなおした。
「それじゃあ、しばらく保留ってことで……その、よろしく」
流れからして、それが綱吉の本意でなかったのは分かったけれどは頷いた。どういう形であれ、もらったチャンスを捨てることはできなかった。とにかく近くで過ごせるのが嬉しくて、は微笑んだ。
「ありがとう…無理言ってごめんね。あ、私のことはって呼んで。さんなんて呼ばれなれなくて変な感じ」
「わかった、それじゃあそう呼ぶよ。オレのことも10代目じゃなくて、名前でいいから」
「うん」




それからしばらく、たちはお互いのことをぽつぽつ話し合った。
はイタリアでのことや、これからの日本での生活のことを話した。家は幼いころに住んでいた、綱吉の家からそう遠くはない一軒家で一人暮らしをすると言う。手続きが済み次第、並盛中にも転入してくる。同じ学年だから同じクラスになるかもしれない。綱吉にはが入ってくるのが楽しみでもあり、不安でもあった。
とリボーンに促されて、綱吉もリング争奪戦のことや守護者のことを話した。
「色んな人がいるのね。会うのが楽しみだなぁ」
「学校に行けばすぐに会えるぞ」
そうだねとが答えたところで、玄関のインターフォンが鳴った。ピンポーンという音だけでなく、10代目ー!という呼び声が聞こえてきた。
「誰?ファミリーの人だよね」
「ありゃあ獄寺だな」
「嵐の守護者の?」
「あーもう何でこんな時に…悪いけどちょっと待ってて、行ってくるから」
困ったような顔でため息をついて綱吉は立ち上がった。ばたばたと階段を降りていく。
は言われたとおり部屋で待っていたが、部屋にいても嵐の守護者だという獄寺の声は聞こえてきた。どこかのお土産を持ってきたらしい。お邪魔しますと聞こえてきて、階段を上がってくる足音が近づいてきた。
「…誰ですかコイツ?」
「コイツの名前はだ。今朝イタリアから来たんだ。ボンゴレファミリーの一員だぞ」
リボーンに紹介されて、は軽く会釈した。どんな人かは少し聞いていたけれど、のイメージとは違った。思っていたよりも不良っぽい印象の少年だった。
怪訝そうな顔をして、獄寺はに詰め寄った。
「イタリアからぁ?何しに来たんだ?」
「それは、その……」
本当は婚約破棄に来たはずで、それが今では婚約は保留にしてお互い様子見をする約束をしたとは言いにくかった。威圧的な態度に押されては目で綱吉に助け求める。綱吉も言いよどんだが、どうせすぐに分かることだと思って素直に話し出した。
「実はさ、父親同士が勝手にオレ達の婚約を決めちゃったんだ……はその話をしに日本に来たってわけ。でも婚約って言ってもオレ達としてはそんなこと急に言われても困るから、しばらく保留ってことにしたんだ」
「婚約!?10代目とコイツが!?」
「いやだからまだ決まったわけじゃないんだけど」
綱吉はすかさずツッコミを入れた。
「こんな怪しいヤツ、止めといたほうがいいですよ!」
自分を指をさしてそう主張する獄寺に、はむっとした。会ったばかりなのに馬鹿にしたような言い方なのが彼女の気に障った。
やれやれという顔をして綱吉は二人のやり取りを見守る。
「怪しくなんてないわよ、ちゃんとボンゴレの一員だし、家光さまからの手紙だってここにあるんだから」
「ボンゴレの一員って言っても、10代目のファミリーに入ってるわけじゃねぇ」
「10代目ファミリーに入れば、怪しくない、仲間だって認めてくれるの?」
「まぁな」
「じゃあ入る。どうすればいい?」
は綱吉に訊いた。どうすると言っても、今まではっきりテストをしたことはなかった。裏でリボーンがテストをして、いつの間にかファミリーにされていたというパターンばかりだ。
それならと、リボーンが提案する。
と獄寺で勝負でもしたらどうだ?も結構やれるみたいだったしな。それなら獄寺も納得すんだろ?」
二人はそれで合意して、勝負はまた後日ということになった。の武器は運び屋に預けてあるから、今日はそれを受け取りに行かなくてはならない。
話がまとまったところで、は今日はこれで帰ることにした。運び屋のこともあるし、自分の家で生活できるように色々しなければいけないことがある。
「それじゃあ、また。多分、次会うときは学校だから、よろしくね。お邪魔しました」
が帰ったあとも、綱吉は獄寺のお土産をつまみながら彼の主張を聞かされる破目になった。初日からこれじゃあ先が思いやられる。綱吉は本日二度目のため息を落とした。

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081213