3.父より



「こここ婚約って何!?家光様って…まさか父さん勝手に決めちゃったの――!?」
「そんなに動揺することねーだろ。落ち着け」
「ムリだよ!」
綱吉が慌ててみせても、はあまり驚いたそぶりを見せなかった。綱吉に知らされていないのは彼女の予想通りだった。
「やっぱり、そうだったのね。私も勝手に決められちゃって、ちょっと困ってるんだけど……」
呟いて、は少し残っていたケーキにフォークを刺した。
「バジル、家光様から何か預かってないの?それか、伝言とか」
ケーキを食べきったがそう聞くと、バジルはそういえばと封筒を一通取り出した。セロハンテープでちょっと封をしただけの茶封筒だ。宛名も書いていない。
「親方さまから預かってきたんでした!沢田殿に渡すようにとのことでしたので、どうぞ」
封筒を受け取ると、綱吉は胡散臭そうにそれを見た。どうせ碌なことは書いていないのが容易に想像できる。開けるのを躊躇っている綱吉の手から封筒を奪ったリボーンが代わりに封を切った。
「ちょっ、リボーン!」
「おまえがのろのろしてるからだぞ」
中に入っていたのは白い便箋が一枚だけだった。それも数行しか書かれていない。
「ねぇ、なんて書いてあるの?」
全員が手紙に注目している。数行だけのそれを、リボーンが音読した。

“綱吉へ
リング争奪戦お疲れさん。よくやったな!
それはそうと、おまえの婚約者を決めといてやった。おまえは奥手だから、これで安心だ。
ボンゴレ10代目たる者、それに相応しい嫁さんをもらわないとな!その点でもちゃんはぴったりだろう。
器量もいいしな、お似合いだと思うぞ。
バジルと一緒にそっちに向かうはずだ。仲良くやれよ。
父より”

「以上だ」
「ちょっ、それだけ!?父さん何考えてんだよ!」
頭を抱えて綱吉は嘆いた。は残しておいたアイスチョコレートを飲みきって、溜息を落とす。
「どっちの親も言うことは同じなのね……」
お互い不本意なのは明らかだった。父親同士の勝手な約束に、二人に了承しろというのも無理と言うものだろう。
「悪い話じゃねーぞ、ツナ」
「なんでだよリボーン!今どき親が勝手にこんなこと決めることのどこが悪くないって言うんだよ!っていうか、俺はマフィアのボスなんかにはならないから!」
感情的になる綱吉に答えたのはバジルだった。この婚約を二人が不本意だと思うことも、綱吉の為だということも、どちらも理解しているバジルは言いにくそうに話す。
「沢田殿が10代目なのはもう決定したも同然です。今後、敵に狙われることも増えるでしょう。もちろん、沢田殿の友人や恋人もです。とりわけ恋人…伴侶となる人は狙われやすいでしょうね、人質などにするのも有効になりますから……自分で身を守る術を持った女性の方がいいんですよ」
「そうだぞ。だから結婚相手はボンゴレの内から選ぶのが良いんだ。仮に京子と結婚したら危ねぇってことだぞ。いつもおまえが傍で守れるわけじゃねえんだからな」
それが理解できても、納得できるわけじゃない。そう思いながら綱吉は口を噤んだ。
一方、これはにとっては特に利点のある話ではなかった。どうせマフィア界で生きていくことを思えば、出世といえば出世になるけれど、それはの望みではない。は結婚する人は自分で決めたいと思っているし、ボンゴレファミリー内から伴侶を選ぶにしても、である必要はないのだ。
「でも、それじゃあ私は納得――」
できない、と言いかけて、途切れた。
殺気がを黙らせたからだ。他の三人もそれを感じ取って、表情が変わる。今すぐ襲ってきそうな気配はないが、機会をうかがっているような感じだ。四人は目だけでうなずき合って席を立つと走り出した。とにかく一般人の大勢いる駅前はまずいから、商店街は避けて人のいない方へ向かう。
「あっちだ!」
綱吉の指示で空き地に駆け込む。ここなら誰かを巻き込む心配もない。
殿、武器は持っているのですか!?」
「ない!持ってきても良かったんだけど、運び屋に預けちゃった。でも、これくらいなら大丈夫だと思う」
懸念することがなくなり、先手を切ったのはだった。ヒュッと風を切って小石が飛ぶ。の投げたそれは、黒尽くめの男の右目を確実に突いた。右目を潰されて男は短く呻く。その隙を逃さず、バジルのブーメランが男を捕らえた。まともにそれを受けた男は、手からナイフを落として、腹を抱えて屈みこんだ。
綱吉の出る間もなく、勝負は既に終盤に差し掛かっていた。
「あっという間だ……あんな小さな石を狙い通りに当てるなんて」
もなかなかやるみてぇだな」
たった一つの投げた小石にの実力の片鱗を見て、リボーンは息を漏らした。確かに命中の精度の良さは目を見張るものがあった。
「さあ、質問に答えなさい」
距離を詰めるように、が一歩を踏み出す。
男が、ニヤリと笑った。
さん危ない!」
いち早く的の狙いに気付いた綱吉が叫んだ。
――マズい。
そう思ってもが応戦できる体勢をとる暇はなかった。男は足元のナイフを拾うと、に向かって一直線に踏み込んできた。
「く…っ!」
は寸でのところでそれをかわすが、体勢を崩されてしまって反撃できない。一撃目は避けれたが、ニ撃目はかわしきれないと判断したは痛みを感じる覚悟を決めて身を固めた。
ナイフを持った男の手が振り下ろされる。
それと同時に鳴った銃声音が一つ。
刺されると思ったナイフは、刺さらなかった。
「10代目……!」
「下がっていろ」
死ぬ気の炎を灯した綱吉はさっきまでとはまるで別人だった。は綱吉の指示通りにリボーンの方へと駆け寄った。もうの出る幕はない。決着がつくのはあっという間だった。綱吉の炎を帯びたグローブでの攻撃一発であっさりと終わり、黒尽くめの男はその場に倒れこんだ。
「怪我は、ないか?」
「う、うん…あの、助けてくれて、ありがとう……」
こんな風に助けられたことは初めてだった。さっきまで話していた綱吉とは違う雰囲気なのも手伝って、はぎこちなくお礼を述べた。綱吉の視線が何となくくすぐったくて、紛らわそうとは話を変えた。
「こっ、この人、なんだったんだろうね?」
「心当たりはねーけどな」
「拙者が問いただしておきましょう」
「あぁ、頼む」
バジルが立候補して、男を拘束し始めた。それなら男の扱いはバジルに任せることにして、綱吉達は場所を変えることにして、沢田家へと向かった。




「さて……目を覚ましてください」
逃げられないように縛ってから、バジルは男を起こした。目を覚ました男は盛大なため息をついてからぺらぺらと喋り出した。
「いやー私べつに10代目のお命を狙うふりするとか、そんな役目ホントは嫌だったんですけど、様がどうしてもやれっていうから仕方なくやったんですよ。まさか嬢と10代目をどーこーしようだなんて工作やらされるとは思ってなかったんですよ!勘弁してくださいよね――」
この後も延々と続く愚痴に、バジルは笑うしかなかった。

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081213