10.

 実習の翌日は大事を取って休んだため、が学校に行ったのは週明けの月曜日になった。
 いつものように教室に入ると、すれ違うクラスメイトにおはようと言いながら自分の席に着いた。 なんとなく、いつもとは違う雰囲気の教室に、は首をかしげる。
――休んだ日に、何かあったのかな?
クラスメイト達は、地に足が着いていないような感じだった。何かうきうきすることがあったらしい。
 鞄の中身を机に移していると、クラスメイトの女子たちが、わぁっと声に弾かせて、思わずはそちらを見た。 盛り上がっていたグループの女子と目が合うと、ねぇねぇ聞いて、と嬉しそうに話しかけてきてくれた。
「なにか良いことあったの?」
「あっ、そっか、ちゃん休んでたから、知らないよね。今度学園祭があるでしょ?そこでダンスパーティーがあるんだけど、 これって男女ペアじゃないと入れないんだって。で、この子E組の男の子に誘われたんだって!」
「そうなんだ!いいなぁ、素敵だね」
 もう時期学園祭があり、その説明とクラスの出し物決めが休んだ金曜日にあったのをは思い出した。 その学園祭のダンスパーティーのことで、学校中がそわそわとしているらしい。
「ねぇ、ちゃんは?やっぱりC組のあの男の子と行くの?」
「へ!?」
「え?だって、よく一緒にいるし……彼氏じゃないの?」
「か、彼氏じゃない……よ」
「えー違うの?なんだぁ。でもあの子、ちょっとカッコいいよね!ちゃん誘わないの?」
「……ええっと、」
 勿論、一緒に行きたいに決まっていた。
 隠すつもりはなかったし、周りが自分たちをどう見ているかは分かっているつもりだったが、いざ面と向かって言われると恥ずかしくなって、言葉に詰まった。 頬を染めて言葉を濁すを見て、クラスメイトはにこりと笑う。
「ふふっ、ちゃん可愛い。がんばってね」
「う、うん」
 HRの時間を告げるチャイムがなり、集まっていた女子たちはそれぞれの席に戻っていく。
 担任が一日の業務連絡をするのを聞きながら、はもうダンスパーティーのことで頭がいっぱいだった。
――たぶん、まだ誘われてないよね?そんなこと言ってなかったし……。
メールでは、廉造は何も言っていなかったし、きっとまだ誘われていないとは信じることにした。 けれど、のんびりしていると他の人に誘われてしまうかもしれない。 廉造はあの通りの女の子が大好きで、可愛い子や美人にはほぼ漏れなくと言っていい程声を掛けている。その軽さ故か、遊び相手としては廉造は人気がある。 それに、中にはこの前の女子生徒のように、本当に廉造狙いの女子もいる。
 は、お昼か放課後に、廉造を誘ってみようと決めた――それで断られたら、もう諦めよう、とも。

 小学校低学年までは、も京都で竜司たちと一緒に育った。いつも何をするにも四人一緒に過ごしていた中で、は自然と廉造を好きになった。それが初恋だったと、はっきり言える。 気持ちを伝えることなく京都から東京に引っ越して、初めのうちは頻繁に手紙のやり取りをしていたものの、学年が上がるにつれて段々とその数は減っていった。 それでも年賀状くらいのやりとりは続き、葉書が届くたびには幼い日の気持ちを思い出し、初恋を捨てきれずにいた。 小さいときのことだと、きっと廉造は自分のことなんて思い出していてはくれないだろう、と頭で分かってはいても、 年に一度、葉書が届くだけで、消えかけた火が再び灯るように、の恋心は枯れずに在り続けた。
 だから、中学三年の冬に、八百造から廉造の許嫁にならないか、と言われたときは夢みたいなことだと思った。 正十字学園に入って欲しいこと、将来は祓魔師になって欲しいこと、廉造が承諾しているわけではないこと等、普通なら承諾しかねるような話を、は受け入れた。 廉造への恋心をこのまま捨てられないでいるよりも、少しでも叶う可能性が広がる方に行きたかった。
 再会して、自分の気持ちを確かめて、伝えて、廉造の気持ちも聞いた。 自分のことを好いていてくれること、大切に思っていてくれていること。けれどまだ、特別な女の子を作るつもりはないこと。 一緒に高校生活を過ごし、一緒に学び戦う中で、距離を縮めるためにができることは、いつも精一杯やってきたつもりだ。
 だから、もう一度だけ気持ちを伝えて、それでも廉造が自分の手を取ってくれないのなら、廉造の特別には成り得ないのだと受け止めようとは誓った。
 今選んでもらえないなら、いつまで経っても二人の関係が変わることはない。それならと、はこのダンスパーティーを区切りに選んだ。 もし選んでもらえなかったらというのは、考えるまでもなく、悲しい。 でも、仲間として大切にし合えることを知った今は、それも一つの形だと受け入れることができる。幼い日の恋心と決別することも、きっといつかはできるだろう。 は、黒板の横に掛けられた時計を見た。 昼休みまで、あと四時間。 早く廉造のところに行きたくて堪らなかった。
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