9. ハルキュイアが後ろに倒れたのを見ると、もその場に崩れるように座り込んだ。 青い返り血と、自分の赤い血が制服の胸のあたりに滲んでいるのを、は気の抜けた頭で認識した。 の血を見て、廉造は慌てて立ち上がる。 「!」 「……大丈夫だよ。ちょっと、かすっただけだから。廉造は、平気そうだね。よかった」 「阿呆、そういう問題やない」 死ぬような傷ではないとが笑って見せても、廉造は顔を歪めた。正面から背に腕を回して、を抱き寄せる。 廉造の手が僅かに震えているのがにも分かった。 「制服、血付くよ」 「そんなんどうでもええやろ」 安心したのと、出血による貧血で力が抜けたは自分で動くことができずに、そのまま廉造の腕の中に収まった。 は夢中でやったことだが、廉造の動揺ぶりには戸惑った。 廉造はなかなかから離れようとしない。 誰も声を発することができずに沈黙してしまったのを、子猫丸が打ち破った。 「……えっと、大したことない言うてもさんも怪我してまいましたし、早く戻りましょう」 「せやな……すまんな、子猫さん」 子猫丸が廉造の肩に手を置くと、廉造は頷き、を放し立ち上がった。 燐に出雲、竜士が他の個体がもういないことを確認すると、花火に火を点けた。 しえみがの傷口に薬草を貼り、シュラから渡されていた応急処置セットで傷口を塞いだ。 処置が終わると、廉造はを強引に背に乗せた。 「歩けるよ」 「いいから、おぶさっといてや。お願いや」 は身を捩ったが、結局廉造の背で大人しくしていることにした。 大丈夫と言っても貧血気味だし、廉造はが怪我をしたことを、自分のせいではないのに気にしているようだったからだ。 程なくして、シュラと雪男が到着した。珍しく落ち込む廉造と、怪我をしているを見て、二人は大体の事情を察すると、生徒達にてきぱきと今後の指示を出した。 竜士と燐、出雲はシュラとこの場の後片付けを担当し、他の生徒は雪男と祓魔塾に戻ることになった。 雪男を先頭に森を抜けると、一同は祓魔の道具がおいてある小屋から鍵を使って祓魔塾へ戻った。 祓魔塾へ戻ると、全員がそのまま医務室へ直行した。 雪男が傷の具合を見て、治療を施す。出血の割には傷は浅く、しえみの応急処置のおかげで傷口は今日、明日にも塞がりそうだと言う。 抉られるのではなく切り傷だったので、おそらく痕も殆ど残らないだろうとのことだった。 「一応、さんは今日は寮には帰らないで、ここに泊まって様子を見るようにしましょう。何かあったら、すぐ医務室担当の先生に連絡を。 僕はもう行きますので、みなさんもなるべく早く帰ってくださいね」 「ありがとうございました」 がと頭を下げると、雪男はにこりと笑って医務室を出ていった。しえみと子猫丸も、にお大事にと言うと、それぞれ帰っていく。 廉造だけが、すぐに帰らず医務室に残った。 「廉造はいいの?子猫丸、行っちゃったよ」 「ちょお、まだおるわ」 廉造は傍にあったイスに座ると、ずるずる引きずってベッド脇まで移動して来た。 いつもの廉造なら、大したことなくて良かったな、とか、はよ寝て直せやとか言って元気付けようとしそうなものだが、廉造の表情は硬かった。 多少無茶だったとは言え、こうなったことをは後悔していなかった。 あのとき自分が動いていなかったら、廉造や他の誰かが、ハルキュイアにやられていたかもしれないと思うと、本当に良かったと思うくらいだ。 ただ、廉造をこんな風にさせることになるとは、思っていなかった。廉造の手は、固く握られたままだった。 「ねぇ、別に廉造のせいじゃないよ。たまたまあそこに立ってたのが廉造で、私が気づいたから、私がやっただけ」 「それは、きっとそうなんやろうけど。……たまたま切り傷で済んだだけで、もっと酷いことなってたかもしれへん。 下手したら死ぬて場面やで。が俺ん前立ったとき、生きた心地せんかったわ」 それを聞いて、は自分が勘違いしていることに気づいた。てっきり、廉造は、廉造の所為でが怪我をしたと思って落ち込んでいるのかと思っていた。 固められた手に、はそっと自分の手を重ねた。 「心配かけて、ごめんね」 「いや……が誤るのは、やっぱ変やな。――俺こそ、、ありがとうな。おかげで助こうたわ」 握り締められていた手の力が抜けていく。はほっとして、微笑んで頷いた。 「でももう、無茶はせんといてな。絶対や」 廉造は念を押すと、イスから立ち上がった。 「うん。……おやすみなさい」 「おやすみ。よう休んでな」 の髪を撫でると、廉造はくったりとした笑顔を見せて、寮へと帰っていった。 |
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