8. 「なんだアイツ!」 「ハルキュイアよ、授業で習ったでしょ!」 人間の女性の、腕と足がそれぞれ猛禽類の羽と爪になったような外見の悪魔で、人を喰う。美しい外見をしているが、多くの固体は獰猛だ。 地の王アマイモンの眷属で、その翼で自由に飛び回り、獲物を爪で引き裂くことができる。 「ぼさっとすんなや、来るで!」 「うぉっ、」 竜士が叫んだ途端、ハルキュイアは滑空を始めた。疾風のような速さで、達の間を切るように何度も通り抜ける。避けるのが精一杯で、とても捕まえられない。 ハルキュイアが翼をはばたかせると、風がナイフのようになって飛んでくるし、キイィ、と鳴き続ける声も、思わず両手で耳を塞ぎたくなるほどだった。 防戦一方の状況になり、廉造が叫ぶ。 「どないすんねんアレ!エロいねーちゃんは好きやけどありゃいかんわ!」 「とにかく動きを鈍らせないと。あれだけ五月蝿いと、致死節は効きにくいかもね」 「さんの言う通りや。ダメかもしれませんが、僕にはそれしかできまへんから、聖書暗唱しますわ。志摩さんは錫杖でみんなのサポートお願いしますよ!」 子猫丸が詠唱に入ると、それに続くように各自も体制を立て直そうとする。 竜士と子猫丸が致死節を探し、出雲は二匹の白狐を召喚する。燐ともそれぞれの刀を構えるが、飛び回るハルキュイアに斬りかかるタイミングを掴めない。 出雲の白狐も、飛び掛かれずに足踏みをしてしまっていた。 「サポート言うても、この風打ち消すんが精々やなぁっ」 ハルキュイアが翼を扇のように動かすたび、連続も錫杖を振り回し、風のナイフを打ち消す。 おかげで何とか大きなダメージを負うことは今のところ避けられているが、それもいつまで持つか分からない。 ――もっと根本的に敵の攻撃を防いで、反撃にでれるようにしないと。 「しえみちゃん、ニーちゃんの力で何とかハルキュイアの動き、止められないかな!?」 「うっ、うん、やってみる!何か、邪魔できるような……ニーちゃんお願い!ツタを出して、ハルキュイアに絡め付けて!」 しえみのお願いに、二ー、と応えると、小さなグリーンマンはしえみの肩から飛び降り、自らの身体を巨大化させてゆく。 そしてしえみのお願いどおり、両腕からツタを生やしてゆく。ものすごい勢いでツタが伸び、地面を這いながらハルキュイアへ向かっていく。 「くっ!」 ツタに気づいてその場を飛び立とうとするハルキュイアに向かって、は聖水の栓を急いで抜くと、そのまま瓶を投げつけた。 瓶はハルキュイアの爪先に叩きつけられ、破片を撒き散らして割れた。中に入っていた聖水が、わずかではあるがハルキュイアにかかった。 キイイィィと叫ぶハルキュイアの声が、辺りに木霊して響く。 ハルキュイアが怯んだ隙に、グリーンマンの出したツタがその足を絡めとった。動きを封じ込められ、ハルキュイアが羽をばたつかせる。 「奥村くん、今や!」 廉造の声と同時に、燐はハルキュイアに切りかかった。 曇りのない降魔剣の刀身が、ハルキュイアの胸を裂いた。 「ギエエェェェェ――」 断末魔の叫び声を轟かせて、ハルキュイアの身体がどさりと音を立てて地面に倒れた。 しばらくビクビクと翼を痙攣させて、程なくして動かなくなった。 子猫丸は聖書を唱えるのをやめると、離れたところから覗き込むようにハルキュイアを眺めた。 「た、倒したんやろか?」 「動かないし……これでいいんじゃないの?」 「これこのままここに置いといたらアカンよな?先生呼べばええんやろか」 竜士は出発前にもらった荷物の中から、花火とライターを取り出した。これを使えばシュラと雪男が来てくれるはずだ。 ハルキュイアの処分も手配してくれることだろう。 ――これで、終わったのかな。 何か見落としているような気がして、は竜士が火を点けようとするのを制止した。 「ね、ちょっと、待って」 一同の視線が、に集まる。 「ちゃん?何か気になるの?」 「うん……あのさ――」 続きを口にする前に、は自分の考えが当たっていたことを悟った。 山肌から、もの凄い勢いで影が迫ってくる。キイィィと、甲高い声で鳴きながら。 ハルキュイアは、何頭かで群れを作る悪魔だ。 一匹で終わるのはおかしい。はそう言おうとしていた。 ハルキュイアはたちに向かって、一直線で飛んでくる。風ではなく、その鋭い爪で誰かを引き裂く気だ。 「あ、アカン!志摩さん避けな、」 「廉造!」 一度戦闘態勢を解いてしまっては、瞬時に対応することは困難だ。応戦体制も、避けることも上手くできない廉造の腕を、は力任せに引っ張った。 その勢いで、廉造はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。 ハルキュイアは、そのまま軌道を変えずに突っ込んでくる。 は、三日月刀を正面に構えると、迷わずに振り上げ、そして振り下ろした。刀身に、月光が反射して光った。 「たあああぁぁぁ!!」 ハルキュイアの爪がの胸を掠めるのと、の刀がハルキュイアの胸を裂いたのは、ほぼ同時だった。 |
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