6.

「廉造、お昼食べ行こ!」
「せやなー、行こか」
 午前中の授業が終わると、は廉造のクラスに顔を出した。と同じクラスである竜士は、から少し離れたところで、怪訝そうな顔をして二人を見ていた。 暢気そうな顔をして、廉造がやってくる。眉を寄せる竜士を見ると、廉造は首を傾げた。
「坊、どうかしました?」
「いや……」
「そうですか?ほなまた後で〜」
 廉造はひらひら手を振ると、と並んで売店へ行ってしまった。竜士の言いたいことが分かっているは、ちらりと振り返って苦笑してみせた。
二人を見送りながら、竜士はため息を吐く。
「坊、どうかしました?」
 遅れてやってきた子猫丸が、竜士を見上げる。
「あいつを一発殴りたいわ」
「あぁ、それは。そうですね……」
 子猫丸は僕らも行きましょう、と竜士を促して、学食へ向かった。

 竜士と話した次の日から、はいつも通りに戻った。 というか、それ以前よりも積極的になったような気さえする。 いつも四人で過ごしていた昼休みも二人で取ったり、放課後も一緒にちょっと寄り道してみたりと、端から見れば付き合っているのかと思うくらいだった。 実際は違うのだが、そう思っている生徒もちらほらいる。
 しかし、とそうしている一方で、廉造は他の女子とも遊んでいた。 不思議なもので、それなりにモテているらしい。もちろんもそのことは知っている。 現状を見かねた竜士はすぐに、本当に廉造のことが好きなのかを問い詰めたものの、は頷くだけだった。廉造が他の女子と遊ぶのも、は咎めない。
――だって、廉造にとっては、私だってただの『女の子の一人』でしかないのに、止めてなんて言えないよ。
竜士からしてみれば、だった。それでも竜士にはどうすることもできず、ヤキモキするしかなかった。

 放課後、が廉造のクラスを覗くと、廉造は同じクラスの女子と喋っていた。 その女子に腕をひかれて、そのまま教室から出ていってしまう。廉造はには気がつかなかったが、女子の方はを見ると得意気に笑って見せた。 おまけに、廉造の腕にまとわりつくように身体を寄せてみせてくる。 自分よりも私の方が廉造に似合っているとでも言われているようで、はむっとした。けれどすぐ、思い直す。
――私もあの人も、変わらない。
も彼女も、廉造にとっては同じだ。はそのまま声を掛けず、この日は祓魔塾へ直行することにした。

 "どっち付かず"の毎日を送るも、このままでよいのか悩まないわけではなかったが、ただの女の子のうちの一人から特別な存在になるにはどうしたらいいのかなんて、分かるわけがなかった。 そんなことは全て廉造次第で、にできることは、一緒にお昼を取ったり、宿題をやったりと、ささやかながら時間を共有することだけだった。 他の女子よりは廉造の近くにいるという自負はあるものの、肝心の廉造がどう思っているのかは、よく分からない。
――どうすればいいんだろ。
これ以上色々やるのは、無理だと思う。しつこくすれば嫌われるだけで、今くらいが、ある意味バランスの取れている距離なんだとは感じていた。
「――さん。さん?大丈夫ですか?」
「えっ、あ……だ、大丈夫です。すみません」
 悪魔薬学の授業を受けながらそのことばかりを考えていたら、雪男に注意されてしまった。普段、真面目に授業を受けているがぼうっとしているのは珍しい。 みんなの視線が集まるのを感じて、はシャーペンを握り直すと目の前の課題を埋め始めた。
 がなんとか課題を終わらした頃には、既にみんなが教室を出た後だった。一番最後の人が全員分をまとめて準備室に持っていくことになっていたため、必然的にがその当番になった。 全員分の課題を提出して教室に戻ると、先に帰ったはずの廉造の姿があった。
「やー、お疲れさん」
「あれ?帰ったんじゃ……」
「なんや元気なかったなー思って戻って来たんよ」
 は、教卓に凭れていた廉造に駆け寄った。面倒なことが何より嫌いなのに、気にかけてわざわざ戻ってきてくれたのが嬉しい。も廉造と同じように、教卓に寄り掛かった。
「やっぱは笑っとるんがええよ」
「……私、そんなに今日変だった?」
 廉造が頷くと、なんとなくばつが悪くて、は視線を足元にずらした。
、なんかあったん?」
「ううん、何にも……ないよ」
 既に一度告白しているとは言え、さすがに本人には言えない。はぐらかそうとするものの、すぐに否定されてしまう。
「いやいやいや、それ明らかに嘘やん!俺には言えんことやったら、あれやけど」
「えっと、ほんとに、何でもないの。気にしないで!」
 は無理矢理笑顔を作って、できるだけ明るい声でそう言った。
――廉造は、私のこと友達だと思ってる?私とあの人は、やっぱり同じ?どうしたら、特別になれる?
本当は、知りたいことは沢山ある。けれど、それを聞くのは怖い。竜士には、廉造に止めてなんて言えない、と言った。自分だってただの女の子のうちの一人にすぎないと。 それでもやっぱり、自分だけを選んで欲しかった。
「……、」
 笑っていたはずなのに、の瞳に涙が溜まっていく。廉造の動揺が、にも伝わる。が顔をあげると、視線が交わった。
「廉造にとっては、私も、他の女の子も、みんな一緒?」
 掠れそうな声で問いかけると、は走り出した。
涙が一粒、零れて消えた。
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