5.

 月曜日は塾の授業はない。は、それを今日ほど助かったと思ったことはなかった。
 今日は、みんなに会いたくなかった。
 土曜日、廉造と別れて寮に帰ってきてから、結局泣いてしまった。 土曜日曜を泣いて過ごして、目が腫れていたから、顔を見たらすぐに、泣いていたことなんて分かってしまう。 雪男や出雲はともかく、燐やしえみは放っておいてはくれないだろう。もしそれで廉造と気まずくなるようなことになったら、そっちの方が耐えられない。
 は放課後まで一日、なるべく教室で過ごすようにした。いつもは4人で取ってるお昼も、クラスの係りの仕事があったため、別々に取ることができた。 だから今日は、廉造や塾のみんなには会わずに済んでいた。
、」
 ようやく全ての授業が終わり、今日は早く帰ろうと鞄を持って席を立ったところを、竜士に呼び止められた。 同じクラスだし、竜士は土曜日に二人が出掛けたことを知っている。の様子がおかしいことに、気がつかない訳がなかった。
――やっぱり、竜士には隠せなかったなぁ。
竜士は優しいから、を放っておくなんてできない。それが家族のように思っている幼馴染みのことなら尚更だ。
、ちょい話そうや」
「……教室では嫌だな」
「せやったら、外行こか」
「廉造と子猫丸は?」
「先帰っとけって言うた」
二人は連れだって校舎を出て、裏門の方へ向かう。正門より人が少ないし、寮へ帰るなら通らない。達が普段通ることはあまりない方向だ。 竜士はちょっとした広さの休憩スペースにあるテーブルを選んで、に座るように勧めた。 周りには、お喋りを楽しむ学生が何組かいて、たちもその中に溶け込もうというわけだった。
「で、土曜日、何があったん?」
 竜士の質問は、単刀直入で大雑把だった。優しいけれど不器用な竜士らしい。 はどう話そうか少し考えてから、一言、ぽつりと言った。
「フラれちゃった」
 竜士だって、がこう言うことを予想していただろうに、眉を寄せた。
「……志摩のやつ、他に好きなやついるんか?」
「許嫁の件は、今決めるなんてできないって。好きな人は、いないって、言うか……」
 は言うべきか言わないべきか決めかねて口を濁したが、少し考えればすぐに分かってしまうことだと思い直して、続きを口にした。
「私のこと、好きだけど、恋人を作る気はないんだって。廉造はああだから、まだ色んな女の子と遊んでたいんだよ」
「……ほんにろくでもないやつやな、志摩は」
 竜士は頭を抱え、も苦笑いするしかない。そんな理由を大真面目に言い切れるのは、廉造だけだろう。
「昔っから謎やったんやけど、はあれのどこがええん?」
 そう言われると、も困ってしまう。たぶん、周りの人からしてみれば、尤もな疑問なんだろうと、自身も思う。も何度か考えてみたことはあるが、答えは出なかった。
「分かんない。きっと、理由なんて、ないんだと思う」
 言い換えれば、『全部』とも言えるの返答に、竜士は理解できないと言いたくなったのを、ぐっと堪えた。 が本気なのは、八百造の申し出を承諾した時点で分かっていることだ。それが盲目だからだとしても、今さら竜士には止めようもない。
「まぁええわ。で、はどうするん?」
「諦めるのかってこと?」
「せや」
 聞かれる前から、の気持ちは決まっていた。けれど、竜士に聞かれるまで、自分でもそれを見失っていた。 廉造の、のことは好きだが他の女の子とも遊びたいという主張は、冷静に考えれば酷い話だとも言えるし、そんな人よりも竜士や子猫丸を選んだ方が簡単に幸せになれると、分かっている。 けれど、頭で理解していても、心はそうはいかない。たとえのことを選びながら他の女の子と遊んでいても、は廉造なら許せてしまうだろう。 それに、とは違う気持ちでも、廉造に好きだと言われて、簡単に諦められるわけがなかった。
――諦められるなら、とっくに諦めてる。
そのことに気づいたは、微笑んで答えた。
「……私、まだ頑張る」
 竜士はやっぱりな、という顔で息を落とした。
「ありがとう。竜士が話聞いてくれたおかげで、落ち着いた」
 が笑うと、竜士はほっとしたようだった。それで漸く、は竜士と話すまで、自分が笑えていなかったことに気づいた。
――竜士は、全部分かってて話を聞いてくれたんだ。
「ほんとに、ありがと。心配かけてごめんね」
「おん」
竜士はぶっきらぼうに返事をすると、から目をそらした。それが照れ隠しなのは明らかで、は思わずくすくす笑ってしまった。 照れなくてもいいのにな、と思いながら、は鞄に手に持つと、椅子から立ち上がった。来た道を戻り、二人は寮への帰り道を歩いた。
「しっかしおまえ、志摩には勿体ないな」
「あはは、ありがと」
明日からは泣かずに、いつも通りに過ごせることを確信して、は笑った。
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130720