5.素直



返り血のついたコートを洗い場に預けて、部屋に備え付けのシャワーを浴びる。ついさっき、言われたとおりに任務を終えて戻ってきたばかりだ。ターゲットは単独だったし、得に苦労することもなくすんなり片付けられた。まだボスのところに報告に行っていないけれど、その前に少しだけ息をつきたかった。
――もう待たねぇ。
いつもより熱めのシャワーを浴びながら、そう言われたときのことを思い出す。任務から戻るまでに覚悟を決めろと言ってくれたのは最後の譲歩だ。……きっともう、大丈夫。初めはボスが私のことを思ってくれているなんて信じられなかったり、少しのことで逃げ出したりしていたけれど、今はちゃんと向き合えると思う。あのとき唇に感じた熱が、やっぱりこの人が誰より好きなんだと私に解からせてくれたから。
任務の汚れと疲れを充分流してシャワーの栓を閉めた。髪を乾かし替えの制服に着替え、身だしなみを整える。用意しておいた報告書を持って、ボスの待つ執務室へ向かう。
執務室に近づくにつれ、心臓の音が大きくなっていくみたいだった。扉の前まで来たところで、自分を落ち着かせるように一度大きく息を吸った。
ドキドキする。思い切って、けれどそっと扉を二回ノックした。
「ボス……です」
「入れ」
低い声が許可を告げ、私は重い扉を押した。部屋の中はいつものように静かで、自分のブーツの音がやけに大きく聞こえる。ボスは執務机に向かって事務処理をしていたところらしい。赤い瞳で私を捉えると、ボスは手にしていた書類を脇へ置いた。扉から執務机までの僅かな距離の間もその視線は外されない。
「報告書です。確認、お願いします」
「ああ」
一言だけの短い会話の後、沈黙が流れる。任務報告は今日の本題じゃない。ボスはたぶん、私から話を切り出すのを、待っている。
「ボス、」
今までだった十分うるさかった心臓が深くなる。
「私、……ボスが、好きです」
鋭さを宿した赤い瞳をじっと見たまま、言った。ずっと逃げてた気持ちだけど、今はもう怖くはない。私の言葉に、ボスは口元だけで笑う。執務机に手をつき、その腕を軸にして軽々と執務机を飛び越えると、ボスは私の正面に立った。
「覚悟はできたみてぇだな」
「……はい」
私の返事を聞くよりも早く、ボスの手が私の腰を引き寄せた。覚悟はできているけれど、今までこういう経験をしたことなんてないのは変わらないから、やっぱり少し緊張してしまう。それでも抵抗なんてもうしない。少しずつ、慣れていけばいいのだから。
、」
名前を呼ばれて反射的に顔を上げると唇をふさがれた。ついばむようなそれに顔が熱くなるのが分かって、少しだけ身をよじるとそれを止めさせるように背中に触れてる腕の力が強くなった。上手く応えられないから、私は大人しくされるがままになる。しばらくして唇を離したボスの満足そうな顔を見て、ほっとするような気がした。たぶん、これが幸せってことなんだろうなと思って、私はボスの背中にそっと腕を回した。




俺たちヴァリアー幹部の最近の注目ごとは、ボスと一人の少女だった。
お互い好きだってのになかなか話のまとまらない二人だったが、どうやらついにまとまったらしい。もザンザスも何も言いたがらねぇが、たぶんがを腹くくったんだろう。
はまだぎこちない様子だが、もう心配はないだろう。
あの二人がこれからどうなっていくのか分からねぇが、まぁ悪いことにはならないと、俺は確信している。

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110125