1.未承諾婚約



「ちょっと父様!どういうことなの!?――婚約だなんて!」

ドアを乱暴に開け放って、はどなった。ドカンといったドアにも、ものすごい目で睨みつけてくる娘にも全く動揺することなく、父親はにこやかに微笑んでみせる。神経の図太い父親だ。

「おぉ、耳が早いなよ。相手はボンゴレの10代目だ。どうだ凄いだろう」

自分の怒りをさらりと流されて力が抜けそうになるのを堪えて、は抗議を続ける。

「どうだ凄いだろう、じゃないって!どうしてこんな大事なこと勝手に決めちゃうの?私が決めることじゃないの?それに10代目って本当なの?騙されてるんじゃないの?」

が矢継ぎ早に質問をしても、父親はのんびりしたものである。そうだなぁとか言ってお茶をすすり、それから答えた。

「でもおまえは奥手だしなぁ、私は心配でねぇ。10代目というのは本当さ、家光殿と話をつけたからね」
「で、でも会ったこともないのに」
「その点は心配いらないよ」

にっこり微笑む父親の手には、どこから取り出したのかチケットが一枚。日本行きの文字が見えて、思わずは後ずさる。

「……それは、」

青い顔をしたとは対照的に、父親はこれ以上ないくらいの笑みだ。の手にしっかりとチケットを握らせて、爽やかに告げる。

「親切にも家光殿がくださったのだよ。さぁ、日本に行って10代目にお会いしておいで。実際に会えば、おまえもきっと10代目を気に入るよ」
「やだ嫌!きっと10代目だってこんな勝手な話、嫌がるわ!」

なんとかしてチケットを突っ返そうとするけれど、父親に敵うはずもない。日本行きのチケットは、の手にしっかりと収められてしまった。

「せっかくの家光殿の親切を無駄にする気かいよ。父さん困ってしまうよ。家光殿にも迷惑がかかるなぁ……彼もこの話には乗り気でねぇ、是非にと言ってくれたのにねぇ――」
「うぅ……」

これでもかと言うほど眉を下げ、泣き出しそうな顔がを追い詰めた。
これに乗っては父親の思う壺だと分かっている。分かっているのに、それなのに。

「わ、分かった……日本に行けばいいんでしょ……」

結局は折れてしまうのだ。そんなを見てほくそえむ父親を、は知らない。
が分かったと言ったとたん、父親はまたもとの笑顔に戻った。がいくらしまった!と思っても、もう遅い。

「そうかそうかその気になってくれたか!それじゃあ明日一番の便で発ちなさい。向こうには私が連絡しておいてあげようね」
「…………」

さっそく父親は携帯電話を取り出して、どこかへ電話を掛け始めた。もう何を言っても無駄だ。は諦めの溜息を一つ落として、日本へ発つ準備を始めた。




「――やっと着いたぁ!久しぶり……」

飛行機に乗ること約十二時間、ようやく日本に着いた。日本生まれなのに、過ごした時間はイタリアの方が長く、にとっては久々の帰国ということになる。
持ってきたのはボストンバッグ一つだけで、それを抱えては空港のロビーを見回した。迎えに来てくれてるはずの少年を探して、は目を廻らす。

「あっ、バジル!」

茶髪の少年を見つけて、は駆け寄る。

殿!お待たせしてしまいましたか」
「ううん、丁度だよ、大丈夫。迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして。とりあえず、車へ行きましょう。話しは車の中ででも」
「そうだね」

バジルに案内されて、外に待たせてある車へ向かった。空港から並盛町までは、少しばかり距離がある。
黒い車に乗り込んだところで、改めてバジルと挨拶をする。が最後にバジルと会ったのはリング争奪戦が始まる前だったから、それほど長い間会っていなかったということでもない。けれど、にはその間に随分バジルが変わったような感じがした。

「なんだか前に会ったときよりも変わったね、バジル。ちょっと強くなったんじゃない?」
「そうですか?沢田殿の修行の相手をしてましたから、それのせいかもしれませんね。――それにしても親方さまから聞いたときは驚きました。殿が沢田殿と婚約だなんて」

の久々の帰国の理由、話の本題に触れてきたのはバジルの方だった。家光に頼まれたからを迎えに来たのだから、バジルが知っているのは当然のことだ。

「私だってビックリしたよ、父様ったら勝手に決めちゃうんだもの」
「そうだったのですか!それは……」

初めてそう聞かされて、バジルは勝手に決められた本人よりも困ったような顔をした。そんなバジルに、は自分の考えを語った。

「チケットの準備もしてもらっちゃったし、日本には10代目に会うために来たんだけど、この話はなかったことにしてもらえないかなぁって思ってるの。10代目だって了承してるわけじゃないみたいだし、お互いその気がないなら全然無理な話じゃないよね」

お互い親にはちょっと悪いような気もするけどね。そう付け加えては笑ってみせる。バジルはでも、と話しだした。

「会ってみたら、案外気が変わるかもしれませんよ」
「そんなことはないと思うけど」
「沢田殿はとても良いお人ですから。殿も会えば分かりますよ」

バジルは自信ありげに笑う。そんな少年の様子に、は一瞬戸惑った。
並盛までは、まだ時間がかかる。
10代目はどんな人なんだろう。そう思いながら、は窓の外を流れる景色を目で追った。

NEXT
TOP
081210