XXX 「キスしてみたい」 突然のの呟きは、その場にいた面々を凍りつかせた。いきなり何を言いだすんだコイツは、と彼女と同じヴァリアー幹部の視線がに集まる。全員が絶句しているのに気づいてもはきょとんとして首を傾げるばかりで、自分の発言がとんでもないものだったという自覚は持っていなかった。それどころか、彼女には自分がヴァリアー幹部の紅一点だという自覚も、年頃だという自覚もない。ましてやボスであるザンザスが自分に好意を寄せていることなど、これっぽっちも分かっていないだろう。 「てめぇは一体何を言い出すんだよ、あ゛ぁ?」 「だってしたことないから……どんな感じなのかなぁ、って」 スクアーロは一発引っ叩いてやりたいのをぐっと堪えた。ここで殴ればご機嫌斜めのザンザスの機嫌が更に斜めになって、自分が殴られる破目になる。さて一体どうやって説明しようかと思考を廻らせるスクアーロに、は追い討ちをかけた。 「そんなにヘンなこと言ったかな?」 あぁもう全然分かってない。ザンザス以外の全員がため息をついた。 すっかり絶句してしまったスクアーロに代わり、今度はルッスーリアがを諭そうと口を開く。 「あのね?いくらここがイタリアで日本と違うって言っても、キスは好きな人とするものなのよ?そこんトコ分かってる?さっきの言い方だと誰が相手でもいいみたいに聞こえるわよ?」 「あれ、イタリアでもそうなの?海外は挨拶代わりかと思ってた」 どこまでもズレた発言に力が抜けていく。崩れ落ちそうになる自分を叱咤して、ルッスーリアは立ち上がった。 「確かにそれもあるけど、ただ『おはよう』とか『いってらっしゃい』ってわけじゃないんだからねっ!よく覚えとくのよ」 「そうなの?分かった」 本当に分かったのか?という疑問を拭い切れないが、とりあえず分かってもらえただろうとルッスーリアは胸を撫で下ろした。こういうところを見ると、本当にがヴァリアー所属なのかが信じられない気持ちになる。 なんとか場が丸く収まりそうだとほっとしたのも束の間、のとんでも発言はまだ続いた。 「私のファーストキスはいつかなぁ。暗殺業なんてやってたら、いつになるかわかんないね」 「…………あーあ」 今のは完全に失言だったね、というベルの声はには届かない。ヴァリアー男性陣を全く意識していない発言は確実にザンザスの機嫌を損ねた。に対しては些か寛容なザンザスの我慢メーターも、ぐんと上昇したことだろう。 横目にちらりとザンザスを見て、スクアーロはもうフォローも何もできないことを悟った。そして頑張れよぉ、と心の中で健闘を祈る。他の面子も同様だった。 「みんなどうしたの?何で黙ってるの?」 が訊ねても誰も応えようとはしない。何か言ってよ、と自分が何を言ったか分かっていないは不満げな顔をする。すると重たいため息を落としてザンザスがふんぞり返っていたソファから立ち上がった。つかつかとに歩み寄って、彼女の目の前で足を止める。 「ボス?どうしたんですか?」 ザンザスはなおもきょとんとするの顎に手を掛けると、ぐいと上を向かせた。ボス?と言いかけたの言葉を飲み込むように、ザンザスは噛み付くように唇を重ねた。は抵抗ができるはずもなく、されるがままになる。深く口付けてくるその感触に、はぎゅっと目を瞑った。 もうやってらんねぇ、後は勝手にやってくれ、と言わんばかりに残されたメンバーは2人から目を逸らし、ひっそりと部屋を後にしていった。 「っ、ボス……?」 何度も繰り返されるキスから漸く解放された時には立っていられなくて、はザンザスにしがみついていた。 「馬鹿なことばっか言ってんじゃねぇ」 「ごめ、ん…なさ……?」 何でキスされたのかも、何を言われてるのかも、まだ理解できずに疑問符を浮かべるにザンザスはチッと舌打ちをした。 「てめぇは俺の女になんだよ、」 「俺のって、」 さすがのも意味が分からないわけもなく、みるみる頬を赤く染めていく。でも、とか、あの、とかばかり繰り返すの唇をふさいで、ザンザスは告げた。 「てめぇに選択肢なんざねぇ。精々覚悟しとけ」 射抜くように赤い瞳で見つめられると、逆らう気になんてなれない。むしろ、私はきっとこの人についていくんだ、と強く感じて、はしがみつく腕に力を入れた。 「それでいい」 それを返事と受け取ると、ザンザスはの髪を優しく撫でた。 |
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