ラストワルツのその後で キラキラしたホールの隅では一人パーティーを傍観していた。 同盟ファミリーが主催するクリスマスパーティーに綱吉に連れられてきた。としてはこうした場はあまり好きではなかったから気が進まなかったけれど、立場的にも来ないわけにはいかなかった。 綱吉に連れ添って一通り挨拶をして廻って、今は少し休憩している。綱吉はまだ用があると言ってを残してどこかへ消えてしまった。それでは一人で綱吉が戻るのを待っている。歩き回って声を掛けられるのを避けたくて壁際で大人しくしていた。 オーケストラの生演奏に合わせて、くるくるとワルツのステップを踏む人たち。その様子は普段手を血に染めているとは思えないほど優雅に見える。 マフィアでもクリスマスは祝うんだな。は不思議に感じていた。 コツコツと近づいてくる足音が聞こえてきて、はそちらを振り返った。そこにいたのは見知った顔ではほっとした。 「よぉ、一人か。ツナはどうしたんだ?」 「ディーノさん。綱吉はまだ用事があるとか言って、どこかに行ってしまったんです」 「それで一人で壁の花になってるってわけか」 「そんな。花なんて容姿じゃないですよ」 慌てて否定する。そんなにディーノは微笑んだ。 「何言ってるんだよ、は充分可愛い。だってちらちら自分を見る視線、分かるだろ」 「それってそんなんじゃないですよ。注目を集めてるのは綱吉だわ」 はディーノと話しながらも目の前で踊る人たちを見つめていた。 気の進まないパーティーで、唯一楽しみにしていたこと。ワルツ。は綱吉と踊るチャンスだと思っていた。 日本生まれ・日本育ちの綱吉はあまり踊りたがらない。大体いつも必要最低限、という感じで済ます。は日本以外で暮らした経験もあり、ワルツは好きな方だった。 時計に目を落とすと針はパーティー終了までそう遠くない時間を指している。はぁ、と思わずの口からため息が漏れてしまった。 ――ラストワルツまでに綱吉、戻ってくるかなぁ。できたら一回くらいは踊れるといいな……。 「大丈夫だ、もうすぐ戻ってくる。俺からすればツナがお前を一人残して行くなんて驚いたくらいだ――ほら、噂をすれば。戻ってきたぞ」 「綱吉!それじゃあディーノさん、また!」 「おう、またな」 ディーノに軽く頭を下げては駆け出した。ドレスの裾が絡まってよろけそうになったところに綱吉の腕が伸ばされて彼女を支えた。笑って誤魔化そうとすに綱吉は首を横に振った。 「危ないよ、そのドレスで走ったりしたら転ぶって」 「ごめん…ありがと。ねぇ、どこに行ってたの?」 「それはまだ秘密。後で教えるよ。それよりワルツは?次で最後なんじゃないか?」 「あ、踊りたい!踊ってくれる?」 「もちろん。じゃ、行こうか」 ワルツの集団にすっと入り込んだ。華やかな音楽が流れてステップを踏む。くるり、くるり。軽やかに回る。 ――やっぱり綱吉、上手いよね。本人は苦手って言うけど。 綱吉はあまり得意じゃないと言っているが、実際そんなことはなかった。イタリアに移ってから始めたとは思えないくらい、しっくり見える。手のとり方もステップの踏み方も綺麗で、しっかりをリードしていた。 最後の一曲はあっと言う間だった。ラストワルツを踊れては幸せな気分だった。 オーケストラの音がやんでいくらかすると、主催の軽い挨拶でパーティーは幕を閉じた。まだ余韻の漂う会場を綱吉はの手を引いて足早に後にした。迎えの車に乗り込むとそれはすぐに発車した。黒い車が走るのはボンゴレ本部とは反対方向。少し離れたところにあるボンゴレの別荘を目指しているようだった。 「本部に帰るんじゃなかったっけ?」 「いや、今日は近くの別荘に泊まって、明日の午前に本部に戻ろうかと思って。いいよね?」 「別にいいけど…」 ダメとは言わせない笑顔の綱吉には違和感を感じた。何か考えてるのは分かるが、訊けるような雰囲気ではなくては黙って窓の外を流れる街灯を目で追った。 そのうちに小さな別荘について、綱吉に手を取られても車を降りた。車はすぐにもと来た道を引き返していく。 街から離れているため自分たちの足音の他は何も聞こえない。 普段は使われないところだったが、庭も綺麗に整えてあり全体に手が入れられていることが分かる。小さくて質素な感じのする建物だ。 「も入りなよ」 玄関をくぐってリビングへ向かう。リビング前で待っていた綱吉はなんだかにやけていては首をかしげたが、その疑問もすぐに解消された。 間接照明と蝋燭で照らされた部屋。飾り付けられたもみの木。二つ並べられたグラス。テーブルの上のケーキ。 クリスマスパーティーのセット。 「綱吉、これ、もしかして…!」 「そう、さっきちょっと抜け出して用意したんだ。ホントは二人でパーティーしたかったから。ほら、椅子に掛けて。乾杯しよ」 シャンパンのグラスをコツンと鳴らして二人だけのパーティーが始まった。 「ビックリした!用があるって仕事のことかと思っていたから。教えてくれたら私も準備したのに」 「を驚かせたかったから。上手くいってよかった」 和やかな時間が過ぎていく。今頃獄寺たちはどうしているかとか、さっきのパーティーがどうだったとかを話しているうちに二人だけのパーティーも終盤に近づいていた。 が最後にとっておいたケーキの苺を飲み込んでから、綱吉は小さな包みをどこからか取り出した。深紅のベルベットの箱に白いリボンがかけられている。 「オレからのクリスマスプレゼント。受け取って?」 「わ、ありがとう!…開けてみてもいい?」 「もちろん」 そっとリボンをほどいて、はケースをあけた。入っていたのは小さなブローチ。好みのデザインで、はすぐに気に入った。ぱっと笑顔を浮かぶ。 「あ、ありがとう綱吉!すごく、嬉しい…大切にするね」 「どういたしまして。結構悩んで選んだんだけど、気に入ってもらえたみたいでよかったよ」 「うん……あ、」 「どうしたの?」 何かを思い出してはしまったという顔をした。失敗したなぁと独り言を零して、目をそらしながらはぽつぽつ話し出した。 「……あの、悪いんだけど…私、プレゼント持ってきてないの。準備はしたんだけど、帰ると思ってたから置いてきちゃった…ごめんね」 しゅんとするに綱吉は帰ってからでいいよと笑いかけた。一度は頷いただったが、すぐにそれを撤回した。 すぐに用意するから、目を瞑って。 の言うとおりに綱吉はまぶたを閉じた。いったい何をしてるんだろう?綱吉が色々想像をめぐらせていると、唇にやわらかい感触が重ねられた。温かい、そう感じた次の瞬間にはもう離れていた。 「今の、プレゼントの代わり、ね。あ、もちろん帰ってからちゃんとしたの渡すから!…綱吉?」 「あ、うん。ありがとう…からキスしてくれるなんて。ビックリした」 「ふふ、よかった!」 幸せそうに微笑むを抱き寄せて、もう一度綱吉から唇を重ねる。 ――二人だけのクリスマスパーティーの幕が、下ろされた。 |