※SQ2013年9月号ネタバレ
























福音は響かない

――いつから、嘘だったの?
 気を失った出雲ちゃんを抱いて、私たちの前に立つ廉造は、知らない人みたいだった。 急にイルミナティのスパイだって言われても、何を言われているのかよく分からない。スパイ、スパイ……それって、敵って、こと?
「廉造、」
、あかん!」
 竜司が止めるのも聞かず、私はふらふらと廉造に近寄ろうと足を動かした。廉造は微動だにしない。ただ黒く燃え盛る錫杖を手に、こちらを見つめている。
「廉造、いつから?どうして?」
には関係ないやろ」
 廉造は何も教えてくれない。突き放されたみたいで、悲しい。知りたいことは沢山あるのに、何も言葉が出てこなかった。 頭が回らなくて、ぼうっとする。廉造に向き合った状態で、私はただただ立ち尽くすだけだった。息をするのも苦しいような気がした。
 ふいに、廉造が口を開いた。
、俺と一緒に来ぃひん?」
 来ないかって、それはどういう意味なの。私たちとは、ここでさよならっていうこと?私に、クラスメイトを、騎士団を、明陀を裏切れって言っているの? ついさっき、私は関係ないって言ったくせに。
 私は返事をしようと、口を動かした。喉がカラカラに乾いていて、声が掠れた。
「私……行かない……」
 私は首を横に振った。行かないと言葉に出すと、一緒に涙が滲み出てきて、視界が歪んだ。
 廉造と一緒にいたい。敵になりたくない。戦いたくない。でも、行けない。私には、みんなを裏切るなんてできない。
――廉造が、好きなのに。
「……せやか」
 廉造の瞳が、寂しげに揺れたようにな気がした。廉造は、出雲ちゃんを優しく地面に降ろすと、次の瞬間私の胸に飛び込んできた。黒い炎を纏った錫杖を、私の心臓に突き刺しに。
「れん、ぞ……や、だ……よ、」
 行かないで、と言葉を紡げなかった唇に、廉造の唇が触れてくる。付き合いはじめて、何度か交わしたそれと、何にも変わらない。ただ甘く、優しい。
 錫杖が引き抜かれ、意識が遠退いていく。胸の痛みは確かにあるのに、不思議と血は出ない。
「許してな」
 視界が霞むなか、耳元に囁く廉造の声を聞いた。廉造。明陀の仲間で、同級生で、幼馴染みで、私の恋人。許すって、何を。廉造は、全部を捨てて、何が欲しいの。
 もうひとつ、廉造は何かを囁いた。けれどその言葉が何か分からないまま、私の意識はそこで途切れた。

20130805