独占欲 夕食時、食堂は不穏な空気に包まれていた。 二、三日前から始まったそれが今まさにピークを迎えていることを敏感に悟った教団員達はそそくさと食事を取り、各々の持ち場へと帰ってゆく。 この不穏な空気を発している原因は、神田。そして神田を不機嫌最高潮にさせているのは彼が睨み続けている恋仲のだった。神経が鈍いのか図太いのか、当のは楽しそうに会話を弾ませながらお気に入りのメニューを食べていた。その向かいに座っているのは神田と同じ年頃のおっとりした様子の男で、同様に場の空気を読めていないのは明らかだった。 神田は蕎麦をすすりながらの声に耳を傾ける。の声も、男の声もきちんと聞こえるのに、何を喋っているのかさっぱり理解できない。というのも、聞こえてきたのは教団の共通語――英語ではなかったからだ。 聞きなれない言葉で、知らない男と楽しそうに話す。プチンとキレそうになるのを一日、二日はなんとか必死に抑えた神田だったが、三日は限界だった。ばん、と机を両手で叩きつけ立ち上がると眼光鋭く男を睨み、そのまま二人の間に割って入った。 「おい、」 「か、神田。どうしたの、怖い顔して…」 さすがのも神田の不機嫌を感じとり、たじろぎながら首をかしげた。おっとり顔の男はすっかり竦みあがってしまっている。 「なんなんだよ、そいつは」 一層きつく睨みつけると男は更に身体を硬くする。 「止めて神田。この人、最近教団に入った人なんだけど、私と出身が近いの。それで故郷のこととか色々聞きたくて…だから、その……」 にも神田の不機嫌の理由は分かる。けれど母語を、故郷の話をどうしても聞きたかったのだ。 気まずそうに自分を見つめるに、神田は背を向けて言う。 「いいから来い。行くぞ」 どんどん遠くなる神田の背には慌てて立ち上がり、すっかり固まってしまった同郷の男に申し訳なさそうに一言謝ると小走りで神田を追った。 廊下を歩く間、会話はなかった。 神田は何も話そうとしなかったし、も何も言おうとしなかった。行き先は神田の部屋だとわかり、大人しくそれに従った。 部屋に着いても気まずい空気はそのままで、は立ち尽くしてしまった。神田に座れよと促され、漸く備え付けのベッドに腰掛ける。 「…神田」 「……」 「その、ごめんなさい……」 目の前に立つ神田は大きくため息をつくと漸く口を開いた。 「例えば俺が同じことしてたとして、おまえは平気なのかよ」 神田の隣に他の女の子がいて、楽しそうにしていたら。答えは想像するまでもなく決まっていて、は首を横に振った。 「次はないからな」 「うん」 はもっと何か言われるんじゃないかと思っていたのに、神田の説教はこれで終わったらしく、神田もの隣に腰を下ろした。 少しの気まずさにはそっと神田の顔を覗き込む。目が合う。目が合ったかと思えば次の瞬間にはの身体は神田の腕の中に押し込まれていた。 「…やっぱ腹立つ」 「これからは気をつけるから。神田、痛いよ」 そう主張しても力は一向に弱まらず、むしろ抱きしめる腕には一層力が入った。大人しく身体を預けるに神田は独り言のように呟く。 「は俺のものだって分からせてる」 首筋に顔を埋める恋人と、そこに微かな痛みを感じれば何をされたのかは明らかで、は頬を赤くする。首筋に色づいた独占の印を見て神田は満足そうに唇を歪めた。 |