星降夜



午前零時、裏庭で。
夕食を食べ終えた神田が部屋に戻ると、ドアの隙間にそう書いてあるメモが挟まっていた。署名はない。けれどこんなことをするのは一人しかいなかった。だと、そう神田は確信した。
この寒い時期に、しかも真夜中に外でなんて馬鹿げた事だ。午前零時を目の前に神田はぼんやりと考える。たとえばこのメモを無視して、さっさと眠りについてみようか。それでも多分は翌日、朝一番に俺のところにきて一言怒鳴るだけで終わるだろう。そうしたらその次の日はなんでもなかったかのように笑う。はそういうやつだ。
机の上に目をやると時計の針が十二に揃おうとしている。
行かなければはずっと待ち続けるのだろう。この寒さの中、独り凍えながら。
「……ったく、しかたねぇな」
立ち上がり、ベッドに放られていた団服を掴むと神田は部屋の明かりを消した。





裏庭の薔薇の茂みはすっかり葉が落ちている。その真ん中にはいた。
積もった雪を踏みしめながら近づいてくる神田に気づいたは暖かな微笑みを浮かべる。
「よかった、もしかしたら来てくれないかもって心配してたの」
「……俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ。風邪ひかれたりしたら困るからな」
「んー……でももし風邪ひいたら、神田が看病してくれるでしょ?」
「知るか」
言いながら隣に並んでは神田の右手を取った。それから軽く体重を預けてみる。文句の一つもあると思いきや、神田は何も言わなかった。が思っているよりもずっと神田はに甘い。そのことをラビに言われるまで神田自身、自覚していなかったのだから相当だ。
「ねぇ神田、上見て!」
言われて指差した先を見る。
濃紺の空に輝く数多の星。
「この季節は星が綺麗に見えるんだ。それに今日辺り、流星群が見れるはずなの!」
どうやらは流れ星が見たいらしい。この少し夢見がちな少女の憧れとしては当たり前かもしれない。けれどそのどちらにも当て嵌まらない神田には、口にはしないものの、正直、どうでもいいように感じられた。
隣に寄り添う少女は瞳を輝かせて星空を見上げている。興味がないと告げるのは酷いように思えて、神田は少し待ってやることに決めた。






少しくらい待ってやるかと思い黙っていた神田だったけれども、それも五分が限界だった。
「ちっとも星なんて流れねぇじゃねぇか」
「そんなにぽんぽん流れるわけないじゃない。もうちょっと待たなきゃ」
「寒ぃ、帰る」
「そんな!駄目、もうちょっと待って神田、お願い!」
神田は教団入り口に向けて一歩踏み出したものの、腕にしがみ付いてきたにそれ以上進むことは阻止された。は必死の説得を試みる。
「もう少ししたらきっと見れるから!一緒に見ないと意味がないの!」
「おい袖がのびるじゃねぇか放せ!―――あ?」
「見えた!」
きらり、と視界の端に一瞬何かが走った。間違いなく流れ星だ。は地面の雪にも構わず興奮気味に飛び跳ねる。
「見た?見たよね?」
「見た」
「良かった!」
星空を見上げては満面の笑みでそう言った。そして満足したのか自分から部屋に戻ろうと言い出した。
裏庭から教団の入り口までのちょっとした距離を手を繋いで歩く。
「あのね、神田。私、あの星に願い事をかけたの。何て願ったのか、知りたい?」
「別に」
神田のそっけない返事に肩をすぼめると、は神田の手を放して数メートル先に出ると団服の裾を揺らして振り返った。
「"神田とずっと一緒にいられますように"よ!」