即席・大和撫子



―――黒の教団、地下水路。
監視ゴーレムからの映像を受けて、リナリーはそこへ駆けていった。
約三ヶ月前から長期任務に出ていたが帰ってくるのだ。ゴーレムから送られた映像を見ると思ったより元気そうで、ひとまず安心した。


地下水路に着いたとき、丁度、小船が見えてきた。
「リナリー、ただいまっ!」
「おかえりなさい、。元気そうで安心したわ」
軽々と船を下りたは何かを大事そうに抱えていて、リナリーの視線がそこに向かう。
「それは何?」
「これ?これはねー…ふふっ、後でのお楽しみ。リナリーのもあるから!後でリナリーの部屋、行くね」
「? えぇ…?」
長期任務の疲れも見せずに、はヘブラスカのところへ向かう。残されたリナリーは首を傾げて自室に戻ることにした。






「リナリー、いる?」
軽いノックの音と一緒にの声が聞こえて、リナリーはドアを開けて迎え入れてやった。の腕の中には、先ほども持っていた風呂敷包みがある。
「これ、リナリーにお土産!じゃーん!」
風呂敷包みを開けてが取り出したものは、浴衣。
そう、の任務先は日本だったのだ。
リナリーへのお土産にと買ってきた浴衣は黒地に小花の柄で、一目で気に入って選んだ物だった。の方は紺地に撫子の柄の描かれた物だ。
「きっとリナリーに似合うと思って」
「ありがとう、。嬉しいわ」
「ねっ、ねっ、着てみない?」
「えぇ」
先にリナリーの着付けをして、それからの着付けをした。初めてのことでよく分からなかったけれど、なかなかよくできたと思う。
「やっぱり似合う。リナリー可愛い!」
だってよく似合ってるわよ。神田に見せるの?」
リナリーのセリフに、は一瞬かたまって、呟く。
「……神田、可愛いって言ってくれるかな」
「大丈夫よ、よく似合っているもの!」
想い人のことを出しただけで頬を赤く染める少女は十分に可愛らしい。本当?と不安そうに聞き返すに、リナリーがにっこり微笑むと、は神田を探しに部屋を出て行った。






神田の部屋、修練場、食堂と走り回り、次に行った談話室でようやく神田を見つけた。ラビと一緒にいる。は足音を立てないようにそっと近づいていき、そして。
一歩、二歩……
「わっ!!」
飛び掛った。成功したのか、失敗したのか。無言のまま数秒が過ぎ、最初に口を開いたのはラビだった。
「びっくりしたさぁ!ん?、そのカッコは…?」
「私の任務、日本だったでしょ。買ってきちゃった!」
初めて見る浴衣姿をラビはまじまじと見つめる。飛び掛られた神田はといえば、その横で不機嫌そうな顔つきをしていた。けれど神田の視線はしっかりとに向いている。
「似合ってるじゃん。なぁ、ユウ。ユウもそう思うさ?」
にやにやして神田を小突くラビに、神田だけでなくもどきっとした。確かに神田に見て欲しくて走り回っていた。けれど実際にその時がくると、嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてきて複雑な気持ちになる。それを誤魔化そうと思って走ってきてみたのに、失敗した。神田の顔を直視できなかった。それでも何とか勇気を出して、はそっと神田を見上げた。
「…まぁ、いいんじゃねぇの」
何も反応がないんじゃないかと思って心配していたが、良い応えには顔を明るくした。
「ほんとう?」
「あぁ、寸胴だからな」
「……!バカンダ!!」
一発、蹴りを喰らわせてやろうと足を出したが、なんなくかわされた。
欲しかった言葉をもらえたと思ったら、これだ。段々悲しくなってきては俯いてしまった。
「素直に可愛いって言ってやればいいさ……可愛いって思ってるくせに。ユウの意地っ張り」
「な…っ!誰がそんなこと!」
「ユウがさ」
二人は同じやり取りを繰り返す。は二人に背を向け、談話室を出て行くことにした。ラビの自分を呼び止める声は聞こえていたけれど、そのまま出て行った。


どんっ


「あ…コムイ室長、ごめんなさい」
丁度来た、コムイにぶつかってしまった。幸い、コムイが持っていたコーヒーはこぼれなかった。
ちゃん。どうしたんだい?そんな顔して……」
「いえ……何でもないですよ。あの、私…部屋に戻ります」
そう言いながらが見せた笑顔はどことなく悲しそうだった。
自室へ走ってゆくの背が見えなくなったところで、コムイは談話室へ入った。そして、確信する。
「ははぁ〜ん、さては神田クンが苛めたね?」
「苛めてねぇ!」
「いやいやユウが悪いさ。好きなコ苛めるなんて子供のすることだぜ?」
「そうそう。ちゃん、泣きそうだったよ〜?」
「うっわ、最低さ!まったくもこんな奴のどこがいいんだか……」
二人で神田を非難し続ける。しつこく言い続けるラビとコムイに、ついに神田がキレた。
「うるせぇ黙れ!行きゃあいいんだろ!ったく、どいつもこいつも!」
大きく舌打ちをして二人を睨みつけた目は完全に据わっていた。これ以上言ったら斬る。そんな感じだ。その雰囲気に圧倒され、ついに二人は黙った。
神田が見えなくなるとラビは大きなため息をついた。






自室のドアを閉めたところでの瞳から涙が零れた。別に泣くほどのことでもない。それでも何だか無性に悲しくて、泣きたくないのに涙が溢れてきた。
「神田の、バカ……」
いっつも一言多いんだから。そう思って呟く。まさか返事が返ってくるとは思いもしなかった。
「そりゃ悪かったな」
「神田!」
そういえば鍵をかけなかった。予想外のできごとにはただ目を丸くして神田を見つめた。
「泣いてんじゃねぇ。あー……その、悪かった」
視線をそらし、ばつが悪そうに言う。照れ隠しのような表情を見れただけで単純な恋心には嬉しさが流れ込んでくる。
「…にあう?」
もう一度、さっきと同じことを訊く。
「あぁ。…だから泣くんじゃねぇ」
神田の手が伸ばされて涙を拭った。頬を染めて、が微笑む。
「ありがとう」
欲しかった言葉を、ありがとう。

05/11/20