Call your name



片手にコーヒーの入れられたカップを二つもってドアを開けるに向けられたのは『もってやる』ではなく『帰れ』の一言だった。部屋の主は眉間にしわを寄せてソファに腰掛けている。は何も言われなかったかのようにカップをテーブルに置き、神田の横に座った。ソファの沈む感覚を楽しみながらは入れたてのコーヒーを飲んだ。
「おい、おまえの耳は飾りか?俺は帰れって言ったんだ。座ってるんじゃねぇ」
「あら冷たいわね神田くん。折角コーヒー持って来てあげたのに」
わざとらしく言って神田の正面にコーヒーを押しやる。神田は頼んでねぇよ、と言いながらも、すぐに舌打ちをしてカップに手を伸ばした。そんな神田には満足そうに口の端を上げる。それからも一口コーヒーを飲んで話し始めた。
「さっき知ったんだけど、神田の名前、ユウなんだってね」
「…だったら何だよ」
「良い名前だなぁと思って」
はまるで自分のことのように嬉しそうに話す。横目でを見ながらも、そんな事に興味はないという風を装って神田はカップを口につけたままいた。
「だってね神田、"ユウ"って優しいとか強いとか、そんな意味でしょ」
「……そんなの分からねぇよ、カタカナなんだからな」
おそらくは"優"や"勇"の字を当てているのだろう。
「神田にぴったり、ね。ユウ」
は確かめるようにユウ、ユウと何度も繰り返した。名前を呼ばれるのはあまり好きでないのに、こうも隣で連呼されては堪らない。
「連呼するな」
「えー、だって嬉しいんだもん」
「何でだよ、解からねぇヤツ」
「神田のこと知れたんだもん、嬉しいよ」
「……恥かしいヤツ」
「そんなことないもん」
優しい微笑を浮かべるに、神田はこっちが恥かしいと内心思う。
「そうだ!これからユウって呼んでもいい?いいよね、うん、決めた!」
「いい訳ねぇだろ!勝手に決めるな」
はカップを置くと立ち上がり、鼻歌を歌いながら軽やかにドアの方へ駆けていった。ここにはちょっとした空き時間に寄ったらしく、もう行くようだった。
「おい、」
「それじゃ私、室長に呼ばれてるからもう行くね。またね、ユウ!」
放っておけば教団中からユウと呼ばれることになりそうな気がしてカップを持ったままを止めようとしたが、彼女はもうドアの外から顔をのぞかせているだけだ。そして神田の心を読んだかのように、は言った。
「教団の皆にユウって呼ばれたくなかったら―――私のことも、名前で呼んでね」
そして数秒の間。




「あぁ、分かったよ。




ぶっきらぼうな返事に、一瞬驚いて、それから満面の笑みをは見せた。
そしてドアは閉じられ、の駆けてゆく音が聞こえた。
ソファに座り直した神田はコーヒーをいっきに飲み干すと微かに唇を歪ませた。

05/11/6