死臭に惑う あの頃から予感はしていたけど、本当に恭弥がマフィアに入るなんてなぁ。しかも幹部。そしてやっぱり恭弥と一緒に私もボンゴレに入った。中学生の時からずっと恭弥と一緒にいて変わらずに、いや、累積する時間に比例して恭弥を想う気持ちは増しているけれど、今もあの頃も私は殺し殺されるということを受け入れることは出来ていない。マフィアはそういう世界に存在しているものだと理解はしているし、自分も非戦闘員とはいえその一員であるのにも関わらず、だ。 今日も恭弥は任務に出ている。任務と言ってもボスであるツナの命令ではなくて、あくまで恭弥の戦いたいという願望によるものだから、厳密に言うと任務ではないのだけれど。 私は彼の帰りを家で待つ。恭弥が無事に帰ってくるのを信じて。 言うまでもなく恭弥の無事を何よりも誰よりも祈るけれど、同時に心のどこかにつっかえているものが増幅していく。恭弥が帰ってくるということは、理由の有無は別にどこかのマフィアの誰かが傷ついて、もしかしたら命を落としたということだ。ボンゴレは本当に殺し合いの少ないマフィアだけど、恭弥はやりかねない。あの人は生粋の殺し屋だ。私は惑う。恭弥のことは確かに愛しているけど。 ――この世界に、この人の隣にいていいのかどうか。 カチャリと、ドアの開く音に意識が浮上した。 「ただいま」 「おかえり、恭弥」 恭弥の白いYシャツは朝と同じ白のままで、私は思わず安堵の息をついてしまった。 「?」 「…なんでもないよ。恭弥が無事に帰ってきてくれて、よかった、って思って」 「そう」 真っ黒のスーツを脱いで恭弥が椅子に座る。私はコーヒーカップを二つ食器棚から出すと台所へ向かう。ぬるくなっているヤカンをもう一度火にかけなおし、コーヒーを入れる準備をする。恭弥が任務から帰ってきたときの決まりのパターンだ。 「今日、」 ネクタイを緩めながら恭弥は切り出した。 「今日、一人殺ったよ」 唐突な告白は頭に鈍く刺さった。そういう可能性があるのは十分理解していた。それが恭弥なら尚更そうだって、知っていた、はずなのに。 「……どうして急に、そんなこと言うの?」 イタリアに移ってから一年以上過ぎているけど、恭弥が私に殺しの告白をしたことは一度もなかった。私が恭弥が手を血に染めていることを知らないはずはないと、恭弥だって分かっているのに。 「が認めないから」 「そんなこと、」 ない。そう言い切りたかったけれど、できなかった。 恭弥は続ける。 「そんなことあるんだよ。僕が誰かを殺しているのをは確かに知っている。でもそれを受け入れてるわけじゃないでしょ」 「…………」 「並盛にいたときからずっとはそうだ。それでもまぁいいかって思ってたけど…やっぱり良くない」 恭弥も私と同じことを考えていたのかと、ぼんやり思う。私が恭弥の隣にいていいのかと思っていたように、恭弥も私と同じ家に暮らす不自然さを問題視していたということなのか。 「受け入れなきゃ、恭弥を受け入れたことにはならない?」 恭弥は横にも縦にも首を振らなかった。恐らくは肯定、まぁそうだろう。 殺しを受け入れることはまだできない。 ――でも今更恭弥のそばを離れるなんて、できるわけない。 「ごめん恭弥。私、まだ受け入れられない…けど、恭弥から離れるのも、無理だよ」 「そう」 「……うん」 恭弥の傍にいると、決めた。殺すことを易々と認められはしないけど、こうすることを選んだ以上、いずれは認める心構えを持ちたい。惑いながらでもいい。 コーヒーを注げばその香りが惑いを薄めていくような気がした。 |