メランコリックに恋した



雲雀恭弥といえば不良の頂点で、そのくせ風紀委員長だっていう、学校で一番怖い人だ。これには全校生徒の99.9%が同意してくれると思う。私だってそう思う。そうだというのに私ときたら、よりによって何でどうして――認めたくないのだけど――その雲雀恭弥に恋してしまった、らしい。



夏休みが終わって新学期が始まるまでは私も例に漏れず雲雀恭弥になるべく関わらないように、咬み殺されないように学校生活を送っていた。が、新学期初日、もろくもそれは崩れ去ることになる。始業式のあの日、放課後に裏庭へ行ったのが全ての始まりだ。
あの日、私はお気に入りのベンチで日向ぼっこを楽しもうと思いその場所へ向かった。程好い木陰に置かれたそのベンチには意外なことに先客がいて、もっと意外なことにそれが雲雀恭弥だったのだ。気付かれないうちに退散しようとするも、何と言うかセオリー通りそれは叶わず、私はあっさり彼に捕まってしまった。煩わしそうに私を見る目はあからさまに不機嫌だった。
「ちょっとそこの君。何してるの?」
「いえ何も!気にしないでください!」
「質問に答えなよ。君がこっちに来る所為で目が覚めたっていうのに。しかも引き返そうとしてる」
つまり安眠妨害されたんだからくだらない理由だったら咬み殺すって言っているように聞こえた。先ほど述べたように私は日向ぼっこをしにきたわけで、それが雲雀恭弥にとってくだらないことであるのは明白だ。それでも黙って咬み殺されるよりはマシと思い、歯切れ悪く答えた。
「そのベンチで、ちょっと日向ぼっこを、しようかなと思って……」
きたんですけど、と言い切る前に雲雀恭弥は言った。
「ふぅん。僕の他にここに来るヤツがいるとはね」
「それって、雲雀…さんも、よくここに来るってことですか?」
私の質問を無視して雲雀恭弥はすっと腰を上げた。…沈黙は多分、肯定なんだろうな。
私を見据える雲雀恭弥の口からは意外な言葉が出てきた。この日は意外なことが多すぎた。
「いいよ、今日のところは譲ってあげる」
「えっ」
「そのかわり」
「か、かわり?」
「あとで応接室来なよ。あぁ、君名前は?」
です、
「そう。じゃあ、応接室に来るように。来なかったら咬み殺すよ」
「!…はい!」
いきなり名前で呼び捨てにされ応接室に呼び出しをくらい、日向ぼっこの代償は高いんだか安いんだかよく分からないことになった。
どういう訳か譲ってもらえたベンチで日向ぼっこをしつつ、回転数の落ちたで頭であれこれ考えてみても何も浮かばず、日向ぼっこもそこそこに私は応接室へ向かった。



応接室のドアをそっとノックすると中から雲雀恭弥の声が返ってきた。緊張して早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸してから中に入った。まさか風紀委員の本拠地に足を踏み入れる日が来ようとは。全く想像してなかったことだ。
、ここに呼ばれた理由、分かってる?」
「……わかりません」
いきなり本題がきた。呼ばれた理由?ベンチを譲ってもらったから?これくらいしか思いつかなかったけれど、これはおかしい気がした。
「鈍いね。僕がどうでもいいヤツに席を譲ったりこの部屋に入れたりすると思う?」
……それは私が雲雀恭弥にとってどうでもいいヤツではなく、何か意味のある存在だということで。私が間違った考えをしていなければ。
「でも雲雀、さん。私とあなたはさっき初めて会いましたよね」
「そんなの関係ないよ。僕はが気に入ったんだ。だから覚悟、しといてね」
「…………」
私は呆然と立ち尽くすしかなかった。雲雀恭弥は自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべていた。不覚にもどきりとしてしまう。頭の中では宣戦布告じみた愛の告白がリフレインする。
こうして私はあっさりと雲雀恭弥の術中にはまったのだった。



それから何かと応接室に呼び出される日常になった。もう当たり前になったこの習慣を楽しく思う一方で、どうかしてるんじゃないかとも思う。あの雲雀恭弥を好きになるなんて。

あぁ、なんて憂鬱な。