この次は神さまのところで 別れよう。ディーノはそう言った。私の一番好きな声で、確かに。 唐突すぎるその申し出に、私は声を出すことも彼に手を伸ばすことも出来ずに、ただただその場に馬鹿みたいに立ち尽くすだけだった。たった今、十秒前までは手を取り合って歩いていたというのに。 「悪い…すまない。」 ディーノの謝罪はいつもと同じだった。デートに遅刻してきたときも、無理を言う私を宥めるときも、いつもこう言った。違うのは暖かな手が私の頭を撫でていないこと。あの優しい感触が今はない。 「どうして、なの…?」 私のこと、嫌いになった?じゃあ、今日一日中、私と一緒に居てくれたのは、手を繋いでくれたのは?――私だってそんなことを聞くほど鈍くない。ディーノが私を大切にしてくれてること、今日だってすごく、すごく感じていた。理由は違うところにある。 ディーノの言葉を待つ僅かな間に、段々と"別れる"という事実が胸に刺さってきた。苦しい。 「のことが嫌いになったわけじゃないんだ、むしろ逆だ。だからこそ…離れるんだ」 「私、大丈夫だよ。ディーノの立場は理解しているつもりだし、一緒にいられるなら、怖くない」 私のこと好きでいてくれてるなら、一緒にいたい。イタリアに永住するのだってマフィアに入るのだって、ディーノと離れるのに比べれば何てことない。 ディーノを好きになって、告白して、付き合い始めてから、ずっとそう思っていた。 でも、そう思っていたのは私だけだったみたいだ。いつの間にか気持ちのベクトルが違っちゃってたんだね。ディーノは私を壊れ物みたいに思ってるんだ。ねえディーノ、私、そんなにか弱くないよ。 「にはマフィアの抗争とは無関係のところにいて欲しいんだ。……これ以上はもう、無理なんだ」 搾り出すような声だった。いつも穏やかだったディーノの顔が、今は悲痛そうにゆがんでいる。 そんな顔されたら、自分がどうしたいのか、分からなくなっちゃうよ。彼を掴んで離さないことも、泣き声を上げることも、意気地なしと叱咤することも。 「だから……さよならだ」 「いや……」 掠れる声でやっとそれだけ言った。ディーノは首を横に振る。そして私の方へ――私の向こうへ――足を動かし始めた。 「アッディオ、」 すれ違い様に最後の言葉が告げられた。アッディオ、二度と会わない、次に会うときは神さまのところで。 そうしてディーノは行ってしまった。結局、私はディーノを追いかけることもできずに、ただただ、その場に立ち尽くすだけだった。 |