なによりも一番に



13日には帰ってくるつもりだったのに、実際に着いたときはすでに0時を回り、14日に変わっていた。
報告書は纏めて先に送っておいたから、とにかく自室へと向かう。地下からの階段を駆け上がる途中、足を止めて執務室の方を確かめると、やっぱりまだ明かりが付いていた。
バク支部長、まだ起きてるんだ。
きっとバク支部長も私が13日に戻る予定だったことを聞いているはずだ。帰りが遅れるのは珍しいことじゃないけど、顔を出しておいたほうがいいかもしれない。……もしかしたら、心配してくれてるかもしれないし。
僅かに迷って、結局私はまた階段に足をかけた。もう夜も遅いし、バク支部長も眠いだろう。それに、明日ちょっと驚かせるのもいいかもしれない。
――夜のうちにケーキを焼いて、朝一番に会いに行く。
うん、そうしよう。
そう決めて、自室に帰ってきた私はまっさきにシャワーを浴びた。ゆっくりお風呂に入っていたら眠くなってしまいそうで、さっと済ました。着替えて、厨房へ向かう。
誰もいない、静まり返った食堂を抜けて厨房へ入る。いつも賑やかな食堂が物音一つしないとなるとちょっと怖い。
「さて…作んないとね」
レシピを書いた紙を端っこに置いて、材料をそろえる。
ケーキを焼くなんて久しぶりすぎて、自分のことながら手際が悪い。手早くない分せめて丁寧に作りたい。
計って溶かして混ぜて型に流す。
それだけと言えばそれだけの作業なのに、思った以上に時間がかかった。ようやく予熱しておいたオーブンにケーキをセットして、タイマーをあわせた。寝てしまいそうなのを我慢してひたすら待つ。眠い。凄く眠い。目を擦りながらなんとか焼き上がりまで耐えた。オーブンをあけるとチョコレートのいい匂いがした。失敗はしなかったみたいで、少し安心する。型からはずして、あとは冷めるのを待てばいいだけだ。
厨房を片付けて食堂へ移る。冷めたらここでラッピングしてから部屋に戻ろう。部屋に戻ったら真っ先にベッドへ倒れこんでしまいそうだし、そうなるとお昼まで寝てしまいそうな気がする。それは避けたい。
カードを書いたりして時間を潰すけれど、やっぱりケーキが冷めるのにはかなり時間がかかる。必死に抵抗するけれど、睡魔はどんどんやって来る。
「……ちょっとなら、いっか」
誘惑に負けて目を閉じると、すぐに私は眠りの世界へ落ちていった――





切りの良いところでペンを置き、大きく伸びをする。昨日から座りっぱなしで身体のあちことが痛い。ふと見ればもう外がほんのり明るい。今更ながら徹夜をしてしまったことに気付き、少しは寝ておくんだったと後悔した。
気分転換でもしようかと席を立つ。外の空気を吸いたい気分だった。
執務室を出て廊下を歩く。カツカツと歩く音が響いた。
はもう帰っているのだろうか?それともまだなのだろうか。
夜のうちに帰っているなら部屋にいるだろうが、まだ夜も明けきらないし、彼女の部屋に行くのは止めておいた方がいいだろう。
報告書はもう届いているから、無事に任務を終えたことは知っている。しかし、の顔を見ないことには安心しきれない。エクソシストは常に危険と隣り合わせだ。
「ん?誰かいるのか?」
いつもは消えている食堂の明かりが中途半端に付いていて、机に誰かが伏していることに気付いた。
「おい、こんなところで寝ると風邪を…っと、、か……?」
近づいてみれば、そこに寝ていたのは間違いなくだった。そして眠る彼女の傍らにはケーキがある。
「戻ってたのか」
彼女の手元にカードやリボンがあるのを見て、箱に詰める前に眠ってしまったんだろうと思う。
カードにあるのは、自分の名前。そして14日。
バレンタイン。
「……疲れているのに、作ってくれたのか」
彼女が眠いのを我慢して作ったのは想像に易く、そのいじらしさが可愛く思えて、髪を撫でた。
「……ん」
起こさないようにそっと触ったつもりだったが、は小さく身動ぎすると瞼をひらいた。寝ぼけ眼と目が合う。するとは目を瞬いて、あれっと声を上げた。それから、溜息が一つ。
「帰ってたんだな、
「日付の変わった頃に帰って……夜のうちに準備して、朝一番に渡して驚かせようと思ってたのに」
少し残念そうな顔をしながら、はケーキを箱に入れ、器用にリボンを巻いていく。
「驚いたさ。まだ帰っていないかもしれないと思っていたら、食堂にいたんだからな。しかもケーキを準備して、だ」
「それなら、こうなったのも悪くない、かな。……バク支部長に会えて、嬉しいし」
リボンを巻き終わったは椅子から立ち上がって今包み終えた箱を差し出してきた。薄い明かりの中でも彼女の頬がうっすら赤くなっているのが分かる。
「バレンタインのケーキ。…貰ってくれるよね?」
「当然だ。ありがとう」
帰ってきて一番に、自分のためにが作ってくれたのだから。ケーキはもちろん、その気持ちがこの幸せを加速させていく感じがした。