君の名を呼ぶ



バク支部長と初めて会ったのは何年前だっただろう。
まだエクソシストになったばかりの頃で、ラビと一緒に中国へ任務に来ていたときだった。確か私にとっては二度目の任務だ。イノセンスを上手く扱えなくて追い詰められた私を助けてくれたのがバク支部長――あのときはまだ支部長じゃなかったけど――だった。たかが一体のレベル2に苦戦して、次の一撃を喰らえばそこで終わりという状況で、あの人が助けてくれた。アクマにとどめを刺したすぐ直後に意識を手放した私が次に目覚めたのはアジア支部で、それ以来アジア支部に拠点を置くことを決めた。
最初は命の恩人に御礼をしたかったとか、憧れとか、そんな感情で近くにいた。時間が経つにつれて色々な面を知って、段々と好きになっていったのだと、そう思う。
……あんな形で告白するつもりなんて、なかったのに。あんな独りよがりな、ずるい感じの告白。
「――バク、支部長…」
呟いた名前は闇に吸い込まれて消えた。





――支部長にとっては何なのか?ってコトです。
李佳の言葉が頭の中で何度もリフレインする。あれから何度も考えた。本当のところ、もう答えは見えている。しかし胸に痞えたものが取れるまで、それを是とするわけにはいかないように思えた。何度も繰り返した問答をもう一度繰り返す。
自分にとっては何なのか?
仲間?
――これは当たり前だし、教団の誰もに当てはまる。
家族?
――がアジア支部にきてから随分経つが、これも違う気がする。
友達?
――僕達の間にあるのはただの友情なのか?
じゃあ、何なんだ?
そこまで考えて思考を止めた。もうこんなことをしなくても分かってるさ、自分にとって彼女がただの仲間でも友達でもなく、特別な存在なのだと。もう認めるしかない。いや、こんな言い方は良くないな。
結局、僕は周りに指摘されるまでずっと、リナリーさんこそが自分にとって特別な存在なのだと思い込んでいただけなのだ。なんでそんなことをしたのか、今ではさっぱり理解できない。単に振られるのが怖かったのか、リナリーさんの方がより理想像に近かったからなのか。多分、後者なのだろう。何にしろ自分を酷く情けなく思うのに変わりはないが。
そう考えているうちに、胸の痞えが軽くなったような気がした。
「……、」
思わず名を呼んだ。明日が来たら彼女のところへ行こう。



(「君を想う5つのお題」より『君の名を呼ぶ』)