逡巡と衝動の交差点 「……あれ?」 執務室の前、いつものようにドアをノックしてみたけれど返事がない。この時間ならいつもいるから来たんだけど…もしかして寝てるのかもしれない。少しだけ隙間を作って中を覗いてみれば、やっぱり椅子に座っている。ただいつもと違うのは、頭を抱えているということだ。呼びかけてみても返事はないから勝手に部屋に入った。バク支部長、どうしたんだろう? 「バク支部長」 「…………」 「支部長?」 「え?あっ…!な、何だ?」 いつものバク支部長らしくない。ぼーっとしていて顔を覗き込むまで私に気付かないし、どこか挙動不審だ。……もしかして、リナリーと何かあったとか?でもそれなら舞い上がるか撃沈するかのどちらかのような気もするから、それは違うように思う。 「どうかしたんですか?」 「べっ別にいつも通りだぞ?それより、何か用があるんじゃないのか?」 誤魔化そうとするあたりがまた怪しい。 「ううん……ただ来ただけ」 「そうか。そうだ、もう遅いし休んだらどうだ?」 時計に目を向ければまだ九時を回ったばかりで、休むにはまだ早い。バク支部長の妙な慌てぶりといい、何かあるのは確かだ。…というか、遠回しに邪魔にされてるように感じるのは、私の気のせい、なのかな。 「バク支部長。やっぱり何かあるんでしょ?悩み事ですか?」 「な、ななな何でもないぞ!」 「その慌て方が怪しいんですけど…」 「何でもないから出てってくれ!」 ――バンッ。机を打つ音が響いて。 心臓がずきんとした。 バク支部長の言葉が本心からでないのは分かってる。目の前の支部長の"しまった"って顔だってちゃんと見えてる。 それでも今の私には十分な重みだった。ただバク支部長と話したくて来たのに、ただ、心配だっただけなのに。 「心配だった、だけなのに」 声が震えた。執務室を飛び出す。私の名前を呼ぶバク支部長の声が聞こえたけれど、止まれるはずもなかった。 「僕は何をやっているんだ…っ」 を意識するあまりに彼女にあたってしまった。本当に好きなのはなのか、それともリナリーなのか、答えを見つけられないもどかしさを彼女にぶつけたことの後悔と自分への苛立ちがバクの胸中に立ち込める。 「とにかくに謝らないと…」 バクは自室へ行ったであろうを追いかけ始めた。 おぼつかない足取りで彼女の部屋へと続く廊下を歩く。食堂を通り過ぎた辺りで向こうから黒髪の少女が歩いてくるのに気付いた。彼女もバクに気付き、ぱたぱたとバクに駆け寄ってきた。リナリーだ。 「バクさん!の様子が変だったんですけど……何かあったんですか?」 「あ、いやちょっと…。リナリーさん、は部屋に?」 「えぇ。彼女、泣いてたみたいで…声を掛けたんですけど、そのまま部屋に駆け込んじゃって」 「泣いて……」 ただの一度もの泣き顔を見たことはなかった。 自分の感情的な言葉が彼女を傷つかせ、泣かせた。 自然と走り出す。 「あっバクさん!?」 リナリーの呼び声にもバクは振り向かなかった。 あまり使われない客室の一つをは私室として使っていた。 彼女の部屋の前まで来たときにはバクはすっかり息切れしていた。肩を上下させながらバクは彼女の名前を呼ぶ。 「……」 返事はなく、ただ中から小さく鼻をすする音が聞こえた。無視をされても当然だとバクは思う。彼女を泣かせたのは他でもない自分なのだ。それでも彼女の名前を繰り返し呼ぶ。 「、!頼む、返事をしてくれ…!」 ドアノブに手をかけるも鍵が掛けられていた。どうしようもなくドアの前に立ち尽くしていると、部屋の中からがぽつりと言った。 「ただ、心配だっただけなの」 「!、その、さっきは、」 「――好きなの。バク支部長が、ずっと」 震えるその言葉だけがバクにはやけに鮮明に聞こえた。李佳の言葉がバクの脳裏を過ぎる。 ――支部長にとっては何なのか?ってコトです。 まだ答えはぼんやりとしか見えていない。 「……少し、時間をくれ。…さっきはすまなかった」 自分にとっては何なのか?リナリーへの感情は?混乱する頭を整理する時間がバクには必要だった。 重い足取りでバクは執務室へと戻った。 |
(『君を想う5つのお題』より「逡巡と衝動の交差点」)