とらわれる



「ただいまー!」
「あっ!さん、おかえりなさい!今回の任務は長かったですね」
「ちょっと手間取っちゃって。本部経由だったしね」
六ヶ月ぶりのアジア支部。門をくぐってまず迎えてくれたのは蝋花だった。蝋花はここで一番仲の良い友達で、いつも快く私を迎えてくれる。
多くのエクソシストはヴァチカンにある黒の教団本部を中心に活動するのが基本になるのだけど、私はアジア支部を拠点に活動している。本部からアジア方面まで出るのに時間がかかるから、アジア方面の任務は私に回されることが多い。任務終了後はイノセンスを届けに本部まで戻ることもあるけど、それも大体はファインダーに任せてしまう。
……アジア支部にいるのはエクソシストとしての活動の為だけでもないんだけど、ね。
「イノセンス届けに行ってたんですか?」
「うん。ね、バク支部長は?」
「いつも通り、部屋にいますよ」
「ありがとう!ちょっと行ってくるね」
走り出す私に蝋花は楽しそうににこにこして、頑張ってくださいねー!と大きく手を振ってくる。アジア支部で生活を始めてもう随分経つのにこのお馴染みの光景にはちっとも慣れない。
……アジア支部にいるもう一つの理由は、バク支部長の近くにいたいから、だったり、する。





「おっ、なんだ、戻ったのか?」
「李佳さん。そうです、今帰ってきて早速支部長のところへ走っていきましたよぉ」
「どうして支部長はの気持ちに気づかないかね。あんなに一生懸命で分かりやすいってのに」
「そうですよねぇ。支部長、自分のことには案外鈍いんでしょうか…」
「周りのことにはちゃんと気づくしな。しっかしのヤツも気が長いこった。何年目だよ」
「それだけ好きってことですね」





執務室のドアをノックするとすぐに返事があった。なんだか変に緊張する。一度深呼吸をして、それからドアノブを回した。
「バク支部長、です」
少しどきどきしながら声を掛ければバク支部長は椅子ごと方向転換し私の方を向いた。少しだけ笑いかけてくれるのが嬉しい。優しいこの表情が一番好きだ。
!お帰り、ごくろうだったな。そんなところに立ってないで、入ったらどうだ?」
「はい」
言われて机の横に立つ。この部屋には支部長の机の他は本棚ばかりで椅子は置いていないから、いつもこの辺に立つことにしている。
机の上には書類が積んである。その奥にあるのは…リナリーの写真。バク支部長がリナリーを好きなのは嫌というほど知っているから、これを見るのはちょっと辛い。
「今回の任務は少し長かったな」
「ちょっと、苦戦しちゃって。でもちゃんと任務は達成しました」
「そうか。調子はどうだ?変わりないか?」
「平気。いつも通りです」
……とは言ったものの、実はここのところ少し調子が悪い。本部に寄ったついでにシンクロ率も計ってもらったけれど、下がっていた。でもギリギリ測定誤差に入る値だったし、わざわざバク支部長に言うこともない。余計な心配は掛けたくなかった。
「ならいいが…無理はするなよ。暫らくはゆっくり休め」
「はい。支部長も、ちゃんと休んでくださいね。目の下のクマ、凄いですよ。徹夜ばかりしてると皆心配しますよ」
「…あぁ」
徹夜ばかりしているのはどうやら図星らしく、視線をそらして目の下を撫でる。そんなバク支部長を可愛いと思ったのは秘密。
さて、これ以上の報告はないし、長居はできない。軽く頭を下げて私は執務室を後にした。ほんの少しの、業務的な内容でも話せたことを酷く嬉しく思いながら。





とぼとぼ自室に向かえば、ドアに蝋花が寄りかかっていた。もうお馴染みの光景。バク支部長の所に行った後はいつもだった。本当に、蝋花はこういう話好きだなぁ。
「蝋花、」
「あ、さん。どうでした?」
「どうもこうも。何もないって」
任務の話しかしてないのにどうにかなるわけがない。
蝋花は残念そうな顔をすると仕事途中なのかすぐにぱたぱたと翔けて行ってしまった。私は約半年振りに部屋のドアをくぐり、窓を開け放つとそのままベッドへダイブした。
「はぁ……」
半年振りのアジア支部は何も変わっていない。私も何も変わってない。
もう何年も私は変わってないんだと急に思い返す。前に進めてないよ。それはそれだけ好きで囚われてるってことだけど。臆病な自分をもどかしくも思う。
「……頑張んなきゃ、ね」
そう自分に言い聞かせて目を瞑った。



(『君を想う5つのお題』より「とらわれる」)